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髑髏は二度死す

男は鬱蒼とした草藪をバッサバッサと薙ぎ倒しながら、山の奥深くへ入って来ていた。
そこへふと茂みの一角に、人が入れる程の洞穴を見つけた。
男は警戒しながらその入り口をゆっくりとくぐってみる。
想像以上に中は広い、と男が思ったその時である。


「おーい。ちょっとごめん。おーい」

「誰だ!」
と叫んで、男は素早く辺りを見渡した。


「俺俺。ここここ。あー視線もうちょっと下」



視線を下に向けた男は、はっと息を飲んだ。
洞穴の片隅に、白骨化した遺体が横たわっていたのである。

「これは、人骨…!こんな所に…。誰だ!いたずらは止めろ!出て来い!」

「いたずらじゃないのよ。その人骨が俺なの。その骸骨が喋ってます」
と突然、まだらに薄茶色く変色した髑髏がカチカチ、カチカチと歯を鳴らした。
「うわっ!動いた!」
男は腰を抜かしてその場に尻餅をついた。



「ごめんごめん。驚かせてごめん。そんなに驚かないでくれよ。下手に驚かせるのが本意じゃないんだよ」

「…驚くに決まってるだろ!喋るはずないものが喋ってるんだ!…なんだ、なんだよあんた!なんで喋るんだよ骸骨が!」

「いや驚かせて本当にごめん。俺さ、昔ここで死んでさ。骨だけになってるんだけど、俺なぜか喋れるんだよ。何でか知らないけど。でも自力では動けないんだ。ちょっと歯をカチカチ鳴らすくらいが精一杯。それに仮に移動でもしようものなら、首がもげちゃうかもしれないんだよ。そうなると俺、喋れなくなるかもしれない。だから動きたくても動けない。つまりどうにもならない状態って訳。そこへお前さんがやって来ただろ。お前さんは話が通じそうだと俺は見た。だから話しかけたんだよ」

男はゴシゴシと目を擦った。
「本当に、骸骨が喋ってるのか…?信じ難いが…現実か…?」
「うん現実。それでさ、俺お前さんにちょっと提案があるんだよ。いや相談と言った方がいいか。俺こうやって喋れるだろ。俺さ、何か俺の新しい価値をここで見つけたいんだよ。髑髏の新しい価値ってやつ」


「…何言ってんだ!髑髏に価値なんてあるわけないだろ!人間死んだら終わりなんだよ!精々生きてる者達の、報告や祈りの対象になるくらいのもんだ!あとは思い出話の種!」


「そんな冷たい事言わないでくれよー。誰だって人の役に立てれば嬉しいじゃないか。俺こんな姿だけどさ、何か出来る事があればしたいんだよな」


「あんた…そんな骨だけになってもまだ承認欲求があるのかい…欲張りだな…。なんだか俺、死ぬの嫌になってきたよ…まあまだ先の話だと思うけどさ…」
男はそう言うと、骸骨の側へ近づいてそっと座り直した。

「いやいや、お前さんね、そんな事はないよ。死ぬのはおすすめだよ。何しろ身軽だ。お前さん達、そうやって肉やら神経やらくっつけて行動してるだろ。それが怪我や病気の原因になるんだよ。怪我は痛いだろ。病気は苦しいだろ。俺ぐらいになれば、そんな心配はまったく無用になるからな。本当に楽だぞ」


「そりゃあ誰だって死んだらそうなるだろ!それに、生きてる方が色々出来るんだから、生きてる方が価値があるに決まってる」


「まあとにかくさ、こうして喋る髑髏が居るって事をみんな知らないと思うんだよな俺。でも、きっと需要あると思うんだよ。するとさ、何がいいと思う?俺こんなだから、怖がらせちゃいけないから、みんなで楽しくトークって感じではないよな?そしたら例えば、髑髏の人生相談なんてのはどうかな?珍しくないか?駄目か?あとは歌うくらいしか出来んな。シンギング髑髏。♪孤独に耐えてきたこのスカル〜、やっと見つけられて助かる〜、そ〜れ骨!骨!骨!ボーン!ボーン!ボーン!」


「あんた…暇なんだな…。でも、残念だけどこんな不便な山奥へはまず誰も来ないと思うよ。それに、俺達今それどころじゃないんだ。生きてる者は明日を生きようとするだけで精一杯なんだよ。正直、死んだ人間にいつまでも構ってる余裕無いんだ。冷たいようだけどさ…今はみんなそれが本音だと思うよ」


「そうなのか…まあ、仕方ないなそれなら…」

「うん…申し訳ないけど…」



「俺さ…お前さんがここへ来た理由がなんとなく分かるよ。調査だろ?前線配置かなんかの」

「…うん、そうだよ。なんで分かる?」

「お前さんのその格好は登山客には見えないからな。それに、この山は複数の国の国境付近だし。…もう百年前になるかな。俺、敵の弾が腹に当たって、この洞穴の中へ這うようにして逃げ込んで、そのまま誰にも見つけられずにここでくたばったんだ」

「…大変だったんだな、あんた…」

「地獄の苦しみだったぞ。家族に会えずに死んでいくのも辛かったしな。でも、またやるんだなあれを。懲りないなお前さん達」

「……」



「でもまあそうするとだ。もしかしたらまた俺みたいなのがこの洞窟の中へ転がり込んで来るかも知れないよな。そしたら俺、どうせそいつに手当てなんかもしてやれないからさ、せめてそいつをしっかり看取ってやるよ。言葉で励ましながらさ。そうする事でなんだか俺自身の供養にもなる気がするんだ」

「…もしそうなったらさ。それがあんたがさっき言ってた、髑髏の価値ってものにもなるんじゃないか?」

「…なるほど。おおそうかもしれん。うん!なるほど。よし。そうしよう。ようし!ここで死んでる楽しみが出来たぞ」

「良かったな。…じゃあ俺…そろそろ行くよ。日が暮れる前に山を降りたいから」

男はそう言うと、立ち上がって軍帽を被った。


「おう。ありがとな。ここへ来てくれて。お前さん、大変だと思うけどさ、しっかり生きろよ」

「分かった。あんたも、しっかり死ねよ」

「ああ。俺の実感で言うとさ、しっかり生きれば死ぬのは決して残念な事じゃないよ。こうやって楽しみが出来る事だってあるしな。だから、お前さんもしっかり生きろ。さっきお前さんは、生きてる方が価値があるって言ったな。その通りだよ。生きてる事より価値があるものなんて無いよ。命は大事にしてくれよ。敵の弾に当たるな。絶対だぞ」


男は返事の代わりに、少し笑って片手を挙げた。

そしてそのまま山裾へ向かって駆け降りて行った。





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