オドラデク大いに語る
──はじめまして。インタビュアーのジャック・リンドールです。
よろしく、ジャック。
──まさか君がインタビューに応じてくれるとは思わなかったよ。
そう?気軽に呼んでほしいな。
──毎日忙しいようだけれど、何をして暮らしているの?
拡張性有機物伸縮活動の実態調査。調査結果提出時期は繁忙期だね。
──ところで君は生き物なの?
君がそう思うならそうだよ。
──なぜ星の形をしているの?
機能的だからだよ。
──そのわりに二本の棒で支えているね?
これはアクセサリー。
──それならその棒は無駄じゃないの?
ジャック、無駄なものこそ必要なんだよ。無駄は必要。無駄が無駄じゃないものを支えているんだ。
──君は家のいろんな所にいるよね?
うん。因みに僕は、家のドアや窓によく挟まれるんだ。これは仕方のないことなんだよ。つまり、境界にはある種の引力があって、どうしようもなく引き寄せられてしまうんだ。隙間には常に挟むための用意があるし、いくら機密性高くがっちりと作ったとしても、むしろその隙間をより強調することになるんだ。試しに、ちっとも挟まれないものの側に居てごらんよ。そういうものには全く隙間というものが無いんだからね。いつまでたっても、どうやっても、絶対に挟まれない。挟まれないとどうなるか?何も起こらないんだよ、ジャック、何も起こらない。
──階段や屋根裏はどうなの?
階段は好きだよ。本当に魅力的だよ。あんなに空白なものは無いよね。このミネラルウォーターを頂いてもいい?
──どうぞ。ええとそれから…、君は木なの?
木じゃないよ。でも、木のロゴスを引き継いでいるよ。
──木のロゴスとは?
へへへ。へへへへ、へへ。
──体にまとわりついているその糸くずは何?
調査の道具、賢人の閃き、悪露、ほつれた誰かの袖口、可視化された余白。
──なぜ賢人の閃きが君の体に?
……
──所々糸をつなぎ合わせているのはどうして?
……
──なぜいろんな色や種類の糸があるの?
♪黒い驢馬が、満ちた月夜、鳴いている、鳴いていーる、曾祖父の壊れた肘掛椅子のそばで♫
──その歌は何?
サンミッシェルの道化師へ捧げる唄だよ。
──君はいつか死ぬの?
死ぬって、例えば君達で言うと身体が動かなくなること?それなら僕は死なないよ。
──君はいつから生きてるの?
四次元的な時間の概念は無いよ。
──でも誕生したきっかけはあるでしょう?
始まりとか終わりとかは無いんだ。あるのは「変化」だよ。
──好きなものは?
意志。
──嫌いなものは?
見かけの意志。
──最近気になるものはある?
月だよ。ジャック、君はいつでも月を眺めたらいいよ。月が太陽の光を浴びて眩しく光る事や、表面の影の深さ、クレーターの凹凸、宙に浮かんでいる不思議、球という形の妙、月までの遥かな距離のこと、その形を変えながら地球の潮の満ち引きを誘う様、波に揺れる海藻の森、深海に棲む形の定まらない生き物が蠢く様子、深い海底が地上へ隆起して高い山になり、そこに生い茂る木々からあらゆる要素が川を伝い、また月光が照らす大海へ静かに流れ入ること、そういう色々なことを想いながら月を眺めるんだ。とても有意義だよ。あるいはジャック、君の幸せがたくさんの時、涙が出た時、痛い時、この上なく理不尽な時、そのどれでもない時、いつでも、君は月を見たらいいよ。見えない時だって、見たらいいよ。
──ありがとう、オドラデク。月についてそんなに話すのは、君が星の形をしている事と関係があるの?
へへへへへ。愉快だね、ジャック。
──それじゃ最後の質問だけれど、オドラデク、君はどうして、僕の父さんの前に現れたの?
それはね。……。ふふ。秘密さ。ジャック。それはね、永遠に秘密さ。
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