『可哀想な人を探して』(掌編小説)
「アフリカの人々はもっと苦労しているじゃないか」
「ホームレスよりはマシだろ?」
「君のお母さんだって、大変だったんだろう?」
比較することに意味はあるのだろうか、こういう言葉をかけられる度に考える。
彼らはたぶん、そうは言いつつも自分が最も可哀想な人間でありたいのだ。だからこそ、他人の不幸を認めることができない。認めることができないから、指をさして可哀想な人をずっと探している。
なんと哀れなことだろうか。
そもそもわたしは、別に同情なんて求めてはいない。
ただ、薄汚れたベッドの上で身体を重ねた男たちが尋ねてくるから答えているに過ぎない。
わたしには自由がなかった。
両親は小学生の頃に離婚し、わたしは母親に引き取られた。
母親は恋をしなければ生きてはいけない人だったから、わたしの父は3ヶ月おきにーー早い時には1週間おきに変わった。そして、子供であるはずのわたしが女になることも1度や2度ではなかった。
本当のお父さんは、とてもいい人だった。
優しくて、いや、優しかったからこそ、母のことを捨てきれなかったのだろう。わたしの母親の家庭も、なかなかに荒んだものだったらしい。それが今のわたしの家庭と比べてどうだったか。そんなことは知らないけれど。
ともかく、お父さんはそういう母を救いたくて、幸せにしてあげたくて結婚したらしい。でも、優しかったお父さんでさえも、母の狂いようには耐えられなかったというわけだ。
お酒、ギャンブルはもちろんのこと。小学生のわたしが帰ってきた時に、知らない男とsexをしていることだって何度もあった。
お父さんはそれでも母を幸せにしようと努力していたが、お父さんの底のない優しさにも限界はあった。
そして底をついたお父さんの優しさでは、母に似ているわたしのことを考えることはできなかったのだろう。
「絶対に迎えにくるから……だからお父さんに、少しだけお休みをくれないか」
最後に交わした言葉はそんなものだった。
もう10年が経つ。
お父さんが来ることはないということは、頭の悪いわたしでももう理解していた。だけれどわたしは、この霧がかった夜のような、1センチ先も見えない生活の中でその言葉だけを頼りにしていた。
たまに夢に見る。お父さんが「待たせたね」と、わたしの手を引いてすくい上げてくれる夢を。そういうありふれた救いは、ありふれているくせにほとんど起こり得ない。
だからせめて、お父さんがわたしとは違ってオシャレな服を着て、同じようにオシャレをしたお父さんと同じように優しい女性と幸せそうにしているのを想像するのだ。
「ほら、お父さんが帰ったぞ」
酔っ払っているらしい男の声が狭いワンルームの部屋に響く。母は酒を飲みに出かけた。わたしの身体をその男に許すことを条件に手にしたお金を手にして。
この家には今、わたしと、わたしの“お父さん”を任された男しかいない。
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