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大切にしているもの

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家族や友人、身の回りのこと
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旅立った空に映る色

週末、この夏に亡くなった伯母を親族で偲ぶ会があった。伯母に想いを馳せながら久々にゆっくり言葉を交わす時間があるといいね、と話していた葬儀が八月の終わり。もう、四ヶ月近くも経っていた。 雲ひとつない小春日和の中、最寄駅から川沿いを歩いて会場へ向かった。やわらかい日差しを浴びて心穏やかになったのも束の間、会場の入口を間違えていたことに気づいた。近くで迷っていた弟と鉢合わせ、小走りで到着した頃には兄弟そろって汗だくになっていた。 ぼくの従兄弟である、伯母の長男の乾杯で会は始まっ

週末の宵は料理に推し短歌

日曜の夜といえば普段は料理しかしてない、うそ、料理しながらお酒飲んでるだけなんですが、今日は料理が美味しくできて、うそ、お酒が美味しくて歌を歌ってしまいました。短歌ね。 以前、遠山エイコさんとMicaさんが #推し短歌 なるものについて書かれていたのをお見かけしました(エイコさん、昨年夏以来まともにお声掛けするタイミングを逸し続けて幾星霜まじすみません。推し短歌めっちゃよきでした。Micaさんはドラゴンボールクイズの答え早く教えてください)。 短歌といえば、ぼくは若山牧水

マリアの記憶

高校二年生の冬に、オランダのアムステルダムを訪れたことがあった。サッカー部のOBがオランダのプロサッカーチームでトレーナーをしていたのがきっかけで、研修という名目で在校生を呼んでもらえる幸運に恵まれたのだった。 両親と一緒に海外旅行をしたことはあったが、欧州の地を踏むのは初めてだった。木々の映る運河に囲まれた美しい街並み、初めて耳にする言語、異国で仲間と過ごす時間。多感な17歳には有り余るほどたくさんの刺激に満ちた一週間を過ごした。 練習の合間、グループに分かれてアムステ

休日の朝ごはん

早起きして、パジャマのまま冷蔵庫からお米を取り出した。半合を計って小鍋に入れる。多めの水を加えてひと煮立ち。鍋のふたを切って、弱火でしばらくコトコトしててもらう。 別の小鍋にはお椀二杯分の水を入れる。はさみで昆布を小さく切り、出汁を取る。お米の鍋からぶくぶくと溢れそうだったのを、ふたをずらしてかろうじて凌いだ。 余っていた大葉とねぎを野菜室から取り出し、まな板の上に広げる。時計を見るついでにリビングの窓へ目を向けると、木立から抜け落ちてきた朝日がカーテンの上で揺れていた。

昼下がりのスポットライト

先週、ある部署の業務応援で普段とは別のビルへ出社した。朝からトラブルの電話対応に巻き込まれ、久しぶりに味わった現場の臨場感で目が覚めるような午前中を過ごした。 この日はお弁当を持ってきていなかった。臨時の応援で周りに知り合いもいなかったから、昼休みは一人ビルの外へ。心なしか暑さが和らいでいて、街路樹の上に広がる夏空もからりと爽やかだった。 いつもと違う景色。ふと散歩がしたくなり、少し離れたところにあるコンビニまで足を延ばしてみることにした。 お昼時で混み合う店内をかき分

記憶を結ぶ音

「○○様からお電話がありました。折り返しをお願いします」とチャットの伝言が来たときは、少し不安だった。先週ぼくがメールで送った質問に返信するのが、煩わしいと思われた気がしたからだ。 言葉を交わすのは七年ぶりだった。前の部署でお世話になった取引先の女性。税務と会計のエキスパートとして働く彼女は、その仕事を始めて間もなかったぼくに手取り足取り基礎を教えてくれた。毎日のようにメールや電話でやり取りがあり、取引先として気を遣ってくれているのを差し引いても、気兼ねなく相談させてもらえ

モノクロームに彩りを

かつて世界はモノクロームであった。どこかで色が与えられるまで白と黒の単一的な世界を人は生きていた。幼い頃、祖父母や両親の古い写真を見るたびそう思っていた。 伯母が亡くなった。癌だった。先月末に父からそう知らされ、数日前に容態が急変してからはすぐだった。親族だけで小さなお別れ会をすることになり、出先からとんぼ返りで伯母の家へと向かった。黒い服なんか着なくていいと呟く伯母の声が聞こえるような、蒸し暑い日だった。 棺の中で目を瞑る伯母は安らかな顔をしていた。無宗教の儀だからお経

パンを焼いて夏

最近、パンを焼いている。 ひと月前に我が家へやってきたオーブンレンジがきっかけだった。シックな黒が食器棚の深いブラウンにことのほか馴染んでいる。レンジを新調するだけで、こうにもキッチンの格が上がるとは思っていなかった。 「パンでも焼いてみようか」 そう思い立ってからは早かった。手頃なレシピをスマホで調べ、夕方にスーパーで強力粉とドライイースト、ミックスナッツを買い込んだ。くるみパンのレシピだったが、他のナッツが混じってる方が賑やかでおいしかろうと気に留めなかった。 め

仕事で配信しているメルマガが4周年を迎えた話

部署内のメンバーへ配信しているメルマガが、配信4周年を迎えていた。あたかも記念号のように送ったが、送信ボタンを押す直前になってから気づいたのはここだけの話。 不定期の金曜日発信。毎週のように配信していた時期もあれば、数ヶ月空く時期もあった。法務部ではないのだが、事例を交えた実務を法的観点から考察するのがテーマで、分量はだいたい5,000字ほど。読みやすいようもっとコンパクトに書こうと思っていても、業務ではない自主的な取組みということもあって、毎回好き勝手書いている。 配信

真夜中のトマトベーコン巻き

フロアに見える人影もまばらな金曜22時。今週もやり切ったという虚ろな達成感と重たい疲れが入り混じる。ため息とともにパソコンを閉じ天井を見上げていたら、誰にともなく後輩の呟く声が聞こえた。 「あの店なら、ラストオーダーまだいけると思いますよ」 スマホで調べながら、彼は別の同僚に声を掛けた。彼女は来週の水曜から休暇に入るから、人一倍慌ただしい週を過ごしたようだった。週明けも忙しくなるのは目に見えている。でも今日この時間に会社にいるとは、つまりそういうことなのだった。小さなラン

さよなら、オデッセイ

真夜中に両親からLINEが来た。17年乗ったオデッセイをとうとう手放すのを決めたらしい。数年前、近所に住む姉夫婦に譲ったから正確にはもう手放しているのだが、姉夫婦としても、もう乗り換えを決めたとのことだった。 高校1年生の夏。ぼくが部活の夏合宿から帰ってくると、我が家の車が変わっていた。「車高が高いから周りはよく見えるし、小回りが利いて運転しやすいんだよ」と、両親が自慢げに乗り回していたNISSANの黒いラルゴ。親に尋ねたら、薄情にももう売り払ってしまったと言われた。 自

憧れのバトンを繋ぐ

今日、採用活動のお手伝いの一環で、大学生と話す機会があった。うちの会社に興味があるという就職活動中の学生に、これまでの仕事の話や入社したきっかけなどを話す。いわゆるOB訪問だ。 待ち合わせ時間に受付へ行くと、コートを提げ、背筋を真っすぐにして立つ小柄な男性が目に付いた。ピカピカのリクルートスーツがまぶしい。 ビルの場所はすぐわかりましたかとアイスブレイクをしながら、エレベータに乗る。来客用のラウンジへ向かい、端っこの静かな二人席に着いた。木目調のテーブルの端に、窓から差し

正しい年越しのしかた #呑みながら書きました

前回書いたnoteが、っつうか夏から書いたnoteが概ねどれも暗い。そんな状態で年越したらダメです。というわけで遅ればせながら呑みながら書き舞う。舞いません。でも舞うくらいの勢いで書きまs。相棒は金麦。 皆さんはどうやって大晦日を過ごしてますか。ぼくはまだおせち担当を拝命できてないので、大掃除担当です。来年くらいにはt担当するかもしれません。新しい仕事が来る時ってだいたい順三ですよね。誰だよ。純増ですよね。この業務を少し減らすからこっちをやってねとはならない。普通に追加され

お返しの心

こないだある友人が「自分はいつも、受け取ってばかりで」と零していた。たまたま、ぼくがちょっとした言葉をかけたときのことだった。 振り返ると、仕事でも似たような言葉を掛けてくる人に出会うことが少なくない。友人も同僚も、自分が相手から受け取った分、同じだけ誰かに手を差し伸べたくて自然と溢れた言葉だったように思う。 受け取ることと、与えること。 先週、初めて会った取引先の方から「今のお仕事は何年ほどされているんですか」と聞かれた。5年くらいですと答えたら、「長いですね」と仰っ