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昼下がりのスポットライト

先週、ある部署の業務応援で普段とは別のビルへ出社した。朝からトラブルの電話対応に巻き込まれ、久しぶりに味わった現場の臨場感で目が覚めるような午前中を過ごした。

この日はお弁当を持ってきていなかった。臨時の応援で周りに知り合いもいなかったから、昼休みは一人ビルの外へ。心なしか暑さが和らいでいて、街路樹の上に広がる夏空もからりと爽やかだった。

いつもと違う景色。ふと散歩がしたくなり、少し離れたところにあるコンビニまで足を延ばしてみることにした。

お昼時で混み合う店内をかき分け、残り一つだったコールスローと、サラダチキンのサンドイッチを買った。街路樹のてっぺんを眺めながら、マイバッグを提げてぷらぷらとオフィスへ戻った。車の行き交う音が、なぜか心地よかった。

ビルの裏手から戻ろうとしたら、ベンチの並んだスペースがあるのを見つけた。緑であしらわれ、やわらかい日差しの差し込むビル街の隙間は、時間の流れがどこかゆるやかだった。

無機質な会議室に戻る気がしなくなり、空いているところに腰掛けてコールスローの蓋を開いた。箸でキャベツを摘み、コールスローっていつからフォークで食べなくなったんだろうと思った。

サンドイッチを頬張っていたとき、長いベンチの右手に壮年の男性が座っているのが目に留まった。格好からして近くのビルの警備員だろう。左手に、赤色の大きなお弁当箱を持っていた。時折空を見上げながらゆっくりと屋外ランチを楽しむ彼は、とてもしあわせそうな顔をしていた。

仕事で良いことがあったのかもしれないし、お弁当に好物が入っていたのかもしれなかった。昼下がり、高いビルに囲まれた細長い空間は、真上から降り注ぐ太陽に照らされていた。明るいのは辺り一面のはずなのに、彼だけが一際まぶしく見えた。

スポットライトが当たっている、と思った。

何もかもが忙しなく過ぎていくこの街で、しあわせを守り続けるのは思っている以上に難しい。彼にとって、今日のランチは心落ち着くひとときだった。この日だけなのか毎日なのかはわからないけれど、きっと彼のお弁当にはしあわせが詰まっていた。

自分も毎日お弁当を作ってきているのに、外で食べたことがなければ、あんなおいしそうに食べたこともなかった。お昼休みなのにいつも端末とにらめっこをしている。彼の和やかな表情に、リラックスのお手本を見たような気がした。

大きな成功よりも小さな成功を喜べる方が、人生はゆたかになる。どんなに些細であっても、うれしいことがあったら全力で喜んだ方がいい。

仕事ではそう思うようにしてるのに、ひとたびデスクを離れるとどうも忘れてしまうらしかった。自分のしあわせを成功なんてちっこい世界に閉じ込めておいたら、しあわせがかわいそうだ。

今度、お弁当を外で食べてみるのもいいかもしれない。しあわせの種はどこにだって転がっていて、見つけてもらうのを待っている。


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