初夏のレキジョークル③ 犬山編 其の三
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天守から降りた私たちは、まだ12時前でしたが昼食を摂ろうと、すぐ目の前の店に入りました。
あまりにも暑かったので、吸い込まれるように入ったため、名前も見ずに飛び込んだのですが、今あらためて確認すると「ことぶき家」ですね。
私はとにかく「冷やしきしめん」でも食べて身体をクールダウンしたかったのです。
いやいや。
私はこのお店で食レポをしたいのではなくて、ここで遭遇したギョッとするワンシーンをお伝えしたいのです。
入口のすぐ右手に大きなテーブル席があったので、
「ここ、いいですか?」と、レジ横にいた若い女の店員さんに言うと、
彼女は分厚いメニュー一冊をそのテーブルにブンと投げたのです。
まるでフリスビーのように😱
メニューは水平にクルクルと回転しながらテーブルに着地しました。
2mあるかないかの距離なので、歩いても時間的にも手間的にも変わらないのに、なぜ??
怒ってるのか?と即座に思わせる態度で、大阪のギャルでもなかなかこんな人はいない。
とても気分が悪くなったのは言うまでもありません。
私たちがお客だからとか、社員教育とかいう以前の問題で、普通にメニューを置けないのか?
喧嘩売ってるのなら買うよ。
もちろん犬山の人が全員がそうだとは思いません。
しかし、国宝の城の門前の一等地にありながら、そのような接客態度だと、せっかく体験した犬山城の思い出も色褪せてしまいます。
なんとも残念な出来事に驚いたものの、他の店員さんはまったく普通の接客でしたし、出てきたお料理も美味しかったかったし、何より当の彼女は全く怒っている風ではないのです。
いっそのこと何か不満があればまだ納得できるのですが、平常であの態度であるとしたら大問題です。
完全に誤解を招き、中には怒るお客さんもいるはずです。
初っ端に面食らったものの丁度よい休憩タイムとなりました。
犬山城の縄張り
かつての犬山城の縄張り範囲を調べてみると、「針綱神社」も「三光稲荷神社」もれっきとした城内にあり、麓付近から南には「三の丸」が続き、そこから140mのところに入り口である「大手門」があり、城下町ごとぐるりと取り囲んだ「総構え」でした。
かつて「大手門」のあったところは整備されて「いこいの広場」となっていました。
(ちょうど向かいは「犬山本丸スクエア」あたりです。)
という事は、失礼な店員さんのいた「ことぶき家」もしっかり城内ではないですか!
もっと自覚してほしいわ💧
城郭全体が廃城の憂き目に遭わずに残っていたらと思うと、とても残念でなりません。
私は著書でもnoteでも何度も言っていますが、これほど恥ずべき政策はないと思い、また怒りがこみ上げてきます。
城とまちミュージアム
「城とまちミュージアム」と「からくりミュージアム」が隣接して「犬山市文化史料館」として同じ敷地内にありました。
城下町の立体ジオラマは定番ですね。
これは江戸時代、天保11年(1840)の「犬山祭り」を描いたもので、今は跡形もない三の丸も緻密に再現されています。
う~ん。
全体的にスペースが狭いのもありますが、いまいち充実度に欠けるように思います。
散策中に突然のオフ会
続けてお隣の「からくりミュージアム」に入ろうとしたら、入り口に次の実演が14時からとの表記があり、まだ30分近くもあります。
それなら辺りをブラブラしてから出直そうと、適当に飲み食いしながら歩いていると、突然スマホが鳴りました。
この時点で、察しがついた私は思わず口角は上がってニンマリしていたと思います。
「すいません千世さんですか?今、五平餅屋さんの前にいらっしゃいますか?」
すぐ前を確認すると、まさしく「五平餅」があると思った瞬間、私の視界に入ってきた方が!!!
御手洗 育さんです!
プロローグでも触れましたが、私の方は半ば諦めていた事だけに喜びはひとしおでした。
短い間でしたが、ある程度の会話はできましたし、何より御手洗さんが、どんどん他のメンバーとも積極的に会話されている様子は、まるでレキジョークルのメンバーのようでした。
明るくて気さく、そして気配りのできる方であるのが十分わかり、機会があれば、また会いたいと思える魅力のある方でした。
同じ日に御手洗さんも、その時の興奮を記事にしてくださっています。
実は10年前にも別のブログサイトで知り合った方お二人とオフ会が実現し、なんと長野県の松代と松本を一泊旅行をしたことがあります。
今でもその方たちと、細々とコメントでのやり取りが続いているのです。
SNSで繋がる人数はたくさんですが、実際にオフラインで会える方はほんのわずかで、確率はかなり低い。
その低い確率のご縁は大切にしたいと思います。
からくりミュージアム
気付けば14時、5分前という丁度よい時間となり、「からくりミュージアム」まで戻りました。
間もなく実演が始まりましたが、いつものように、ド真ん中に居座り、一番良い席です撮影です。
ダラダラと長い動画をたった49秒にまとめましたので、ぜひご覧ください。
犬山では「車山」を「やま」と読むそうです。
地域によっては「だし」と読み、大阪ではひらがなで「だんじり」のことになります。
犬山祭には各地から13輌の「車山」が集まり、これらのからくり人形を載せて各車山で趣向を凝らせた演目を披露し、針綱神社に奉納するそうです。
ちょうど桜の季節でもあり、満開の桜との競演は見事でしょうし、夜ともなれば365個の提灯が並ぶとのことで、さぞかし圧巻の光景でしょうね。
人形操作を体験してみると、なかなか重くて力が要ります、車山の下に大人の男性が5.6人ほども入って、ひしめき合いながら操作するのは重労働だと想像できます。
どんでん館
館内は思ったより狭くて薄暗く、見上げるほどの車山が3輌だけ展示されていました。
2階のエアコンの聞いた部屋で犬山祭の動画を座って観ていると、気持ちが良くなってついうとうとしてしまいます。
実は大きなお祭りに実際に観に出かけるのは、こりごりなのです💦
エアコンの聞いたところで、快適に見るのが一番だと思っています。
もちろん、大阪の「天神祭り」も京都の「祇園祭り」も行った事はありますが、実際に実演を観るというよりは、「人を見る」といった方がピッタリの表現で、落ち着いてじっくり見れないどころか、下手したら人の頭で何も見えない。
それでも子供たちが小さい頃は、近所の布忍神社のお祭りに連れて出かけましたが、すでに行かなくなって久しいです。
地域の文化にはい大いに興味はありますが、人混みは苦手で、大きなお祭りを体験しようなどという気持ちはすでにまったくありません。
有楽苑
すでにクタクタですが、ここらでお茶タイムのつもりで、ホテル・インディゴの敷地内にある「有楽苑」を訪れました。
この時点で16時15分。
営業時間は17時となっていたので、楽勝かと思ったのですが、受付の方は少しシブい顔をされ、お茶室に連絡を取っていました。
ええ?そんなにギリギリのお茶しか用意していないの?
と、大いに不安になりましたが、OKが出て安心しました。
信長の実弟・有楽斎
有楽斎といえば茶人としての名で、本名は織田長益といい、信長の実弟であり、父の信秀から見れば11男です。
信長の母は正室の土田御前ですが、彼の母は側室の一人だとの事です。
有楽斎のイメージは「世渡り上手」がまず浮かぶのではないでしょうか?
兄が劇的に横死した後、目まぐるしく変わる世の中を実に巧みに渡り、75歳まで生き抜いたのには、人を見る目に長けた慧眼を持っていたからでしょう。
人生の終盤は茶の湯を極め、茶道「有楽流」として続きました。
その信条は、以下の通りです
あれ??これって兄の信長と似ているかも。。。
基盤にある性格は違いすぎますが、信長もまた人をもてなす事に力を注いだようですし、兄弟そろって文化的な才能が突出していたのでしょう。
ここにはそんな有楽斎にちなんだ茶室や庭園が集結されています。
弘庵
時間が押している?から、まずは「弘庵」へと指示され、大急ぎで向かいます。
とてもセンスが良く気持ちの良いお茶室なのですが、室内は撮影禁止です。
撮影して良いのは、手元と外の景色だけだとのことです。承諾を得て可能なところだけ撮影させていただきました。
6人で3種のお茶碗を使い、それぞれの解説を丁寧にしてくださいます。
詳細は見事に忘れましたが、それぞれの茶碗は実際に有楽斎が愛用していた名器のレプリカで、後ろには彼の「花押」まで再現されていました。
国宝・如庵
犬山城自体も国宝ですが、こちらの「如庵」もまた国宝指定されています。
城内に2つの「国宝」を持つのは素晴らしいですね。
しかも国宝茶席三名席に挙げられていいる一つです。
なんと元々京都の建仁寺にあったとは!
私は犬山城下に有楽斎ゆかりのものがまとめてある事を知りませんでした。
今回訪れるにあたり、どうしてここにあるのかと不思議に思っていたのですが、やはり元は京都の建仁寺と知り納得です。
確か建仁寺には彼が建てた、兄・信長の供養塔も庭園の中にありました。
さてこの「如庵」の名は有楽斎のクリスチャンネームの「Joan」から名付けられたとの事で、この茶室の特徴を簡単に挙げてみます。
・下座床ー手前席の後ろに床の間がある。
・出入口である「躙口」の前に土間がある。
・有楽窓ー5つの窓は竹の格子で光の効果を演出。
・主採光は天窓から。
・「筋違いの囲」ー客座を広く見せる効果の斜めの壁
・壁紙は古い暦
特に光の取り込み方や、狭い空間の視覚効果を工夫したり、合理性に富み、その斬新さと奇抜さは他にはなく、兄の信長と共通した感覚も伺う事ができます。
武人としては大成しなかった有楽斎ですが、兄とは進む道は違えど、どちらも独自の改新が見られるのが感慨深くもあります。
◇◇◇
普通ならここで旅館に戻り、温泉に浸かって宴会という流れですが、この日はこれからとっておきの楽しみがあります。
【関連著書】
建仁寺や有楽斎について触れています。
【参考文献】
・犬山城を楽しむためのウェブサイト
・Wikipedia