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【風ストーリー】藤井風「死ぬのがいいわ」で物語を書いてみた

藤井風の楽曲を元に、物語を書く企画「風ストーリー」。
前回は「何なんw」で物語を書いてみたけど、今回の題材は、今年大ヒットした「死ぬのがいいわ」。

これは、藤井風「死ぬのがいいわ」の前日譚。
SIDE Aは彼女側の視点、SIDE Bは彼側の視点で、それぞれの視点から「死ぬのがいいわ」の前日の物語を書きました。

***

〜死ぬのがいいわ〜

SIDE A:彼女の話


カフェ店内は混み合っていた。
BMGで流れる甘ったるいラブソングがこれから直面する状況とあまりに不釣り合いで思わず苦笑した。店内奥の窓際にあるボックス席は死角になっていて、込み入った話をするのには都合がよかった。

ふと視線をずらすと、ボックス席に向かい合って座っている若いカップルの姿が見えた。高校生だろうか。お互い身を乗り出し、顔を寄せ合うように談笑している。おそらく付き合って間もないのだろう。二人を纏う空気がそれを物語っていた。
まだ初々しくて、好きという気持ちだけで生きていけると信じていたあの頃。

いつの間にか目の前のカップルに自分自身を重ねていた。
「お幸せに」
カップルを見ながら、そう心の中で呟いた。
それは祈りにも近かった。

恋愛は惚れた方が負けだ。
思い返せば私はいつも負けっぱなしだった。

彼はウソがとても下手だった。
だから、些細な変化もすぐにバレてしまう。
それとも、バレても許してもらえると高を括っていたのだろうか。
その両方だったのかもしれない。

私は気づかないふりがとても上手かった。
彼の帰りが遅くなっても、普段とは違う香水の匂いがしても気づかないふりができた。
知らない女からの着信も、問い詰めたりしなかった。

細かいことに干渉しない。
寛容で優しくて、器の大きい彼女。

だけど、彼は知らない。
私は彼が思うような「いい女」じゃない。
元カノからもらったプレゼントを平然と使い続ける彼を許せるほど寛容じゃない。好きという気持ちだけで生きていけるほど強くない。

ただ聞き分けのいい、都合のいい女を演じていただけだ。
彼好みの女を。

面倒な女にならないように必死だった。
嫌われたくなかったから。
好きだったから。

言葉もいらない。何もいらない。
ただそばにいてくれるだけでいい。

そんなのはウソだ。
言葉がほしかった。
聞きたいことがたくさんあった。
今まで飲み込んだすべての言葉を吐き出して投げつけてやりたかった。
無様で滑稽で惨めな私を知ってほしかった。
不安も全部受け止めてほしかった。
私だけを、愛してほしかった。

一緒にいて、笑うことよりも泣くことの方が多くなったのはいつからだろう。
私は必死でしがみついていただけだった。
私たちはもうとっくに壊れていたのに。

ふと時計を見た。
待ち合わせの時間から、すでに30分遅れている。
彼はこうやって最後の待ち合わせにも遅れる。
だけど、それも今日で終わりだ。

「遅れてごめん!」

彼が私の姿を見て、駆け寄ってきた。
走ってきたのだろうか。息が上がっている。
私は黙って、口元だけで笑った。

「ねえ、話があるの」


***

SIDE B:彼の話


面倒な女は嫌いだ。
「私のこと好き?」なんて訊いてくる女はもってのほかだ。
元カノはあまりに束縛が酷くて別れた。

それに比べて、今の彼女は自慢の彼女だった。

帰りが遅くなっても、余計な詮索をしない。
待ち合わせに遅れても、いつも笑顔で許してくれる。

優しくて最高の彼女だった。

前に「どこからが浮気?」と彼女に訊いたことがある。彼女は少し驚いて、「浮気したいの?」と冗談っぽく笑った。俺は慌てて否定したけど、彼女は「私はそういうの気にしないから」とだけ言って笑った。

彼女は寛容だった。
俺が女友達と飲みに行ってもまるで気にしない。
元カノからもらったプレゼントを「捨てるのはもったいないから」という理由で使っていても「物に罪はないよね」と言って、特に気にしている様子はなかった。

まさに理想的な彼女だった。

「お前、いつかバチが当たるぞ」
男友達に冗談でそんなことを言われたことがあった。

自覚している。
俺は彼女の優しさに甘えている。
目移りをして浮気したこともあった。
ほんの出来心だった。
仕方ないだろ。男のサガってやつだ。
それでも俺は、彼女と別れる気はなかった。

俺が一番好きなのは彼女だ。
わざわざ「好き」だなんて言葉にしなかったけど、一緒にいることが全てだった。
それで十分だと思っていたし、彼女も特に言葉をほしがらなかった。
気持ちが通じ合っていれば、余計なことは何もいらなかった。
俺たちはまさに理想的なカップルだった。

時計を見た。
しまった。待ち合わせ時間より30分遅れている。
大丈夫、きっとまた笑って許してくれる。
優しくて寛容な彼女だから。

カフェに着いて、店内奥のボックス席に彼女の姿を見つけた。
相変わらず可愛い。愛しさが込み上げてきた。
急いで彼女の元へ駆け寄った。

「遅れてごめん!」

彼女は俺の姿を見て優しく微笑んだ。
そして、穏やかな表情で言った。

「ねえ、話があるの」