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【ショート】ひとこと〜麻子〜(修正3/22PM)

 「ああ、どうして伝わらないんだろう。そうじゃないのになぁ」
会ったこともない人の言葉にもやもやを募らせるなんて、何とも生産性のないこと。私が読まなきゃいいだけじゃん、そんなこと頭では解ってるんだよ。


 仕事中心だった生活から休職してぽっかりと空いた日中の時間。療養期間ということになっているが、日常生活には支障がない程度に回復している。未だ仕事を再開するには心許ないけれど。


 スタッフルームでは本を読みながらお弁当を食べていた。行儀が悪いのは百も承知。だってそうでもしないと読む時間が取れないんだもの。読みたい本が溜まっちゃうんだもの。
職員が一斉に休憩を取る職場ではなかったし、「一段落してから」と思うと大抵は14時を回った。16時を過ぎることもあったから、余り人目にはついていない筈。


 「積読を読み放題‼︎」と喜んだのは初めのうちだけ。ジャンルを問わずに読むから飽きた訳ではないけれど。
 書いてみようか?私にも書ける場所があるのかな?誰に読まれなくてもいいじゃない?そりゃあ読まれた方が嬉しいに決まっているけれど。


 そもそも稼げるとは思っていないから無料がいい。初めてでも敷居が低い方がいい。登録は簡単な方がいい。思い立ったら直ぐに書けるのがいい。できれば読んでくれる人がいるといい。
いろんなサイトを覗いては利用者のレビューを確認していく。


 持たされたときには「無駄なものを」と思ったiPhoneが大活躍。進よ、どうもありがとう。母は君に足を向けられないよ、何処に住んでいるのか知らないけれど。


 顔も見えない間柄、年齢も住まいも知らない。匿名であるが故の気楽さ。本当のことを書こうが作り話を書こうが自由自在。私は読みたい作品だけ読むから、皆んなも読みたいものだけ読めばいい。その中に私の作品が入っていれば嬉しい。


 交流して仲良くなる。中には直接お話したいな、会ってみたいな、という人もいるし、コピペなの?AIなの?と思うようなことを書く人もいる。気にする必要はない。見なければ済むだけだから。


 「そんな言葉を使ってはいけません。自分の品位を下げるだけですよ。世の中からその言葉をなくしたいと真剣に思っています」
 麻子が書いた文章ではなく、二文字の単語だけを取り上げて非難された。
「ご丁寧にご指摘いただき恐れ入ります」
と返しておいた。争う気はない。かと言って謝る気も有難いとも思わない。あなたとは考え方が違うのね、と思うだけ。


 大して交流をしたこともないような人が、麻子とも作品とも関係のない話をつらつらと書いてくる場合がある。自分の作品として書けばいいのになぁ、と思うけれど黙っておく。争いたくはないから。
 そんなときは「大変でしたね」と書いて「ありがとうございます」と結ぶ。受容して肯定するけれど共感はしない。


 「うちの親の場合は……でしたけど?」
否定されてる?私が書いた主旨とは関係ないよね?あなたのことも知らないのに、あなたの、しかも既に亡くなっている親御様を持ち出して比較されても困ってしまうんですけれど?
「大変でしたね。教えていただきありがとうございます」で強制終了


 ……には、ならなかった。
「そうではなくて……ということなんですよ‼︎」
この人には紋切り型の社交辞令ではなく、やり込めて気がおさまることが必要だったんだ。
 「理由の検証と再発を防ぐための工夫」だなんて言ってはいられない。この際取るべき態度は謝罪しかない。どうして私が謝らなきゃならないの?と思わなくはない。でも大丈夫。
「勘違いしてしまい申し訳ないことでした」
謝るのはiPhoneに入力した文字だから。

 「あら?」
麻子は目を疑った。一時期、麻子が文末に書き添えていた内容が、一字一句違わず他人の作品に書き添えられていた。しかも1作ではなく何作にも。
 本作の内容とは関係なく、盗作というほど大袈裟でもない。麻子が黙っていれば誰も気づかない。でも言わなければ今後も書き続けるかもしれない。


 麻子には「模倣された」と別の人から疑いをかけられた過去がある。評判の良い人ではあったけれど麻子は合わない気がして、積極的には読んでいない時期だったので驚いた。
 どれが模倣に該当するのかと、続け様にその人の作品を読んでいるうちにブロックされてしまった。


 後日「(麻子が)罪悪感を感じて私の作品を一度にいくつも読んだ」とか「以前から交流欄を何度もスクショして公開していた」と身に覚えもないことを書きふらされた。
「どうして私があなたに罪悪感を持たなきゃいけないのよ……」
 その人の交流欄には優しく同情するメッセージが集まったし、その中には麻子の作品を読んでくれている人達が何人も含まれていた。
「iPhoneを見なければいいだけ」と頭で解ってはいても、気が晴れない日が続いた。


 そんな経験もあり、大ごとにはしたくない。でもなぁ、この人はバレる訳がないと思ってるんだろうなぁ。
「私が書いたのと同じメッセージ、同じサイトの紹介ですね」
交流欄に書いてみたら、次作からメッセージとサイトの添付がパタリとなくなった。やっぱりコピペだったっていうことなのかな?謝罪の言葉はなかった。


 他のSNSもやっていらっしゃる人だし、無断コピペがいけないことくらいご存知だと思う。
それでも「これくらいバレないだろう」「バレなければ構わないだろう」と悪魔が囁いたのだろうか。
 小さなミスが自らの足を引っ張ることは、仕事で嫌というほど見聞きしてきたし、実際に血の気の引くような修羅場を何度も潜ってきた。だからこそバッドニュースファーストを心がけているつもりだし、自分の出来心には「待った」をかけているつもり。


 そんなことを思い浮かべながら新聞を開いてみると気になるタイトルのコラムが目についた。
 「あってはならぬミス犯したら」
でもなぁ、ミスだって気づいていない人もいれば、気づいていない振りをする人もいるんだよねぇ。
 「責められるのを恐れるあまり口をつぐめば、くりかえされる。そう考えたとき、ミスを許さない社会こそが、ミスを起こりやすくしていると言えはしないか。」
なかなか興味深い内容だった。
「私ももっと寛容にならなきゃダメそうだなぁ」
麻子はうーんと、声を出しながら伸びをした。



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※2024/3/20(水)朝日新聞文化面
牟田都子(校正者)の落ち穂拾い「あってはならぬミス犯したら」より引用しました。
以下に筆者要約を添付します。

校正を担当した本で誤植を出したことに気づくと血の気が引く。
回収•刷り直し•正誤表が必要なら一刻を争うが、重版時の修正で済むのなら、編集者に黙っていてもわからないのではないかと頭をよぎる。
ミスを報告•謝罪するのは勇気がいる。
SNSではミスした人の人格否定まで起きる。
どんな人間にも絶対はなく、大ベテランであっても初歩的なミスをすることはある。
必要なのは理由の検証と再発を防ぐ工夫。
責められるのを恐れるあまり口をつぐめば、繰り返される。
ミスを許さない社会がミスを起こりやすくしているのではないか。

筆者要約「牟田都子の落ち穂拾い」より




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