見出し画像

明治日本と西洋文明の出会い #サンフランシスコから日本の貿易を考える。

1−1.アメリカの良港・サンフランシスコ

アメリカ西海岸のサンフランシスコは、アメリカの中でも最大級の貿易港として知られている。立地がよく、港内が安全であるからだ。

このサンフランシスコという街は、人口統計をみると驚くべき変化を遂げていることがわかる。下は私が『実記』から作成したグラフである。

1845年のサンフランシスコはわずか150人ほどの小さな村だった。
ところが1848年に金鉱山が発見されてから,わずか30年ほどで人口は30倍に膨れ上がった。

ゴールドラッシュ初期のカルフォルニアに向かう船の広告wiki

久米はサンフランシスコ発展の要因を次の3点で分析している。

  1. 世界有数の金・銀・水銀鉱山がある。

  2. 温和な気候と肥沃な土地,周辺には豊かな森林と広い平野が広がる。

  3. 海運,水運,陸運の便が良く,東洋・西洋を結ぶ要衝となったこと。

金と貿易で発展したサンフランシスコで,久米は日本貿易のあり方について,3つのヒントをえたようだ。1つ目はブランディングの重要性であり,2つ目はマーケティングの重要性,そして3つ目に労働賃金の安さを生かした低価格の商品の輸出である。

2.ワインから学ぶブランディング

https://www.jalan.net/news/article/203679/

2-1.ワイン工場の視察

旧暦12月20日(西暦1872年1月29日)、一行はある葡萄酒醸造所を訪ねた。24人の職人が働いており、年間でボトル23万2000本を製造するという。

久米はこの醸造所の見学から、ブランディングの重要性について勉強した。

2-2.マーケティングとブランディングの違い

本論に入る前にマーケティングとブランディングの違いについて用語の確認をしておきたい。結論から言えば,マーケティングとは「市場創造の営み」であり,ブランディングは「購入理由想像の営み」である。

マーケティングとは,日本マーケティング協会によれば,次のように示されている。

マーケティングとは、企業及び他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。

日本マーケティング協会HP

つまり,マーケティングとは市場創造の営みであることが示されている。

「もしドラ」でも有名な経営学のピーター・ドラッカー氏の言葉を引用すると、「マーケティングの理想は、販売を不要にするものである。」と述べている。

お客様に「買ってください!」とプッシュしなくても、お客様から自然に買いたくなる状態をつくるためには、お客様のニーズに合った商品を、適切なターゲットに向けて発信していくことが大切になる。そのために、商品開発から販売戦略の策定、広告宣伝に効果検証までの一連のプロセスを、一貫して計画して実行・管理すること。すなわち、商品が「売れる仕組み」をつくることが、マーケティングの全体像を表しているといえる。

くり返しとなるが,マーケティングとは「市場創造の営み」である。

マーケティングが「市場創造の営み」であるならば、一方ブランディングとは「購入理由創造の営み」といえる。

ある特定の商品やサービスが、消費者・顧客によって「識別されている」とき、その商品やサービスを「ブランド」と呼ぶ。

一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会HP

つまりブランドとは、消費者や顧客から自社の商品やサービスが、ほかの企業の商品やサービスとは「違うもの」として認められることで成り立つ。

その点でブランディングとは単に多くの人に知られることではない。自社の商品やサービスと他社とが明らかに区別されること、消費者や顧客に「その企業ならではのもの」として認識させるための取り組みがブランディングである。

いいかえれば,なぜその商品を買うのかという購入の理由(動機)を創造することになる。

2-3.ワインのボトルから学ぶブランドの威力

https://www.enoteca.co.jp/article/archives/1703/

久米はアメリカで製造されているワインが,そのボトルをわざわざフランスから輸入していることに着目した。

ワイン・ボトルは粗製のガラスで製造する。銅や鉄の精錬時のスラグからでも容易に製造できるようなものなので,アメリカでできないわけではない。それをわざわざフランスから輸入しているのはなぜか。葡萄酒はフランスの名産であって,その声価は世界中で認められている。ボルドーやシャンパーニュというのも,みなフランスの産地の名称である。そこでボトルにせよ荷姿にせよ,フランスの名を借りないと市場で通用しない。貿易において名声<顧客の信用>は,巨万の資本以上に大切なのである。

『実記1』p.90

皆さんはワインといえばどこの国を思い浮かべるだろうか。最近は南米産のワインに注目が集まっているが,老舗はやはりフランスだろう。ワインといえばフランス。久米のいう名声が100年以上経った今でも続いていることにブランドの力強さを感じる。

このように久米はワインボトルからブランディングの大切さを学んだ。

3.荷揚げ倉庫から貿易インフラの重要性を学ぶ

https://www.mitsui-soko.com/company/history/

旧暦12月21日(西暦1872年1月30日)、一行は太平洋郵船会社の荷揚げ倉庫を訪ねた。

太平洋郵船会社(Pacific Mail Steamship Company)は1848年にニューヨークの商人グループによってパナマを経由する大陸横断ルートの太平洋区間で米国の郵便物を運ぶために設立された。同社は操業開始直後,シエラネバダ山脈で金が発見され,事業は活況を呈し,人とモノの移動において重要な役割を果たしたと言われている。

この会社の荷揚げ倉庫で,久米は貿易を支えるインフラの整備に目を向けた。

西洋では,貿易を行おうとするほどのところであれば,必ずや必要不可欠だと考えている設備や機関がある。これは万国共通のものであるが,東洋諸国では考えもしないものだ。すなわち,港湾設備,マーケット,銀行,両替商,および商工会議所である。

『実記1』p.94

マーケットとは「内陸部の貨物を集め,商品取引を仲介するために堅牢な倉庫を建てて荷を預かる」と解説していることから,中央卸売市場みたいなものと思われる。商工会議所は貿易に関わる各種統計をとる役割を担っていたようだ。

冒頭で述べたように,久米はサンフランシスコの発展要因の1つに,物流の要衝となっていることをあげていた。それを思い出せば久米が,立地や気候などの自然条件だけではなく,港湾設備をはじめとする貿易インフラともいえる様々な設備や組織を整備してきた社会条件にも,目を向けて分析していることがわかる。

ワインボトルでブランディングを学んだ久米は,荷揚げ倉庫から物を売る仕組みを整えるマーケティングを学んだと言えるだろう。

4.サンフランシスコから日本の貿易を考える。

4-1.日本の貿易をめぐる現状

さて,これまでサンフランシスコの貿易について久米が学んだことをまとめてきたが,かれはサンフランシスコに日本や東洋諸国をあげ,その問題点を分析している。

久米は日本の輸出業が伸び悩んでいる理由を4つあげている。

  1. 輸出高が少ないために海外の需要が満たせないこと。

  2. 断続的な輸出で海外市場の評価をえられていないこと。

  3. 眼前の小さな利益を優先して,名声の確立に努めていないだけではなく,すでに確立している名声すら損ねていること。

  4. サンフランシスコ市民のほとんどが貿易に強く関心をもち,商いに積極的である一方で,日本や東洋諸国はそうした意識が低い。

こうした日本や東洋諸国の「貿易」をめぐる意識の低さについては,アメリカの総説においても繰り返し言及されている。

田中彰も『明治維新と西洋文明』のなかで,「商業(商品流通)や貿易,あるいはその関連機関に関する『実記』の記述は多い」こと指摘している(田中 2003: 97)

4-2.サンフランシスコからみる日本経済の方向性

さて,これまで貿易においていかにアメリカが優れ,日本が劣っているのかについて,久米の観察眼がさえているのかを紹介してきた。しかし,実は久米はサンフランシスコの弱点についても鋭い洞察をしている。

サンフランシスコの弱点とは,久米によれば労働賃金が高いことから加工業の発展が未熟であるというものだ。

そもそもサンフランシスコは,位置が良いことと港内が安全であることによって,盛大な貿易港としての名声が太平洋に鳴り響いているが,土地が広く人口希薄なので,農業・工業ともに従事者を渇望している。そのため労働賃金が高く,市内の加工業の発展が妨げられている。山林の樹木,牧場の毛皮や皮,鉱山の金属類などを加工して製品化することもままならない。ガラスや陶器,毛布や帽子,靴,銀や銅の細工,皮革の器具,木工品,はなはだしいのは塩漬けの魚に至るまで,すべて高い値段でよその地域から移入して需要に応じている。

『実記1』p.102

今日でも有名なサンフランシスコの物価高は今に始まったことではないらしい。こうしたサンフランシスコの弱点から,久米は日本の可能性についても思考をめぐらせている。

わが国や東洋諸国は,自然の産物が豊富で人口も多く,労賃は大変安い。その状況はサンフランシスコの正反対である。これこそが貿易の目のつけどころであって,東洋から輸送する品物によってこの地の物価を安くすることができれば,双方ともに便利であり,東西が互いに繁栄することは,理の当然である。

『実記1』p.102

このように久米は日本の貿易の可能性を,安い労働力による加工貿易に求めた。明治日本の殖産興業の方針がここに凝縮されていると言っていいだろう。

久米は念押しのように「これらのことがらは,我が国の貿易において特に大切な事実」であるから,最も注目して読んでほしいと述べている。

おわりに

さて,これで一行のサンフランシスコの旅は終わりである。久米はワインボトルと荷揚げ倉庫から貿易の重要性に注目した。ほかにももう学校などで点字についても学んでいるが,それはまたの機会に追記でもしようと思う。

サンフランシスコの旅は終わり,カルフォルニア鉄道で東へ進む。次回はカルフォルニアの総説のまとめと気長な鉄道の旅をまとめようと思う。

参考文献

音部大輔,2021,『The Art of Marketing マーケティングの技法 』

田中彰,2003,『明治維新と西洋文明』岩波書店.

久米邦武,水澤周訳,2008,『特命全権大使米欧回覧実記 1ーーアメリカ編』慶応義塾大学出版会.

画像引用

「wikipedia カルフォルニア・ゴールドラッシュ」

「じゃらんニュース 各地のおすすめ「ワイナリー」23選!無料試飲や工場見学などおたのしみがいっぱい」

「ENOTECAonline ワインボトルはなぜ750mlなのか?ワインボトルのサイズと種類を紹介」

「MITSUI-SOKO GROUP 三井倉庫グループの沿革」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?