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奮い立たせるもの

小説の書き直しに必死だ。

予定していた完成日よりも三か月も遅れてしまっている小説を今、書き直し&推敲している。けっこう大幅に削るところもあれば、そのまま使う箇所もあるし、まったく新しい展開にする部分もある。

原稿用紙に換算して2枚進むと、いったん休憩という状態を繰り返している。そう、私は筆が遅い。

頭よりも手を動かせと言ってくれる人もいる。確かにそれも正しい。けれど私は色々と考えてしまうタイプで、デビュー作がある程度クオリティあるものに仕上げ、しかもある程度の読者数を獲得できなければ、2冊目はないよな、などと考えるうちに、ますます筆が遅くなるという悪循環に陥ってしまうのだ。

近未来小説「寿司ロールで乾杯!」10年前に初めて構想を思いつき、初稿は新潮新人賞の2次予選まで通過した。その後、東日本大震災があって、私自身の考えが変わり、そのことでこの作品の足りない部分に気づいた。その後、色々と迷走する時期が長くあり、ようやく再び執筆に取り掛かったのが昨年の今頃(2月)だった。大幅に書き直して仕上げると、その2か月後(4月)には幻冬舎から、「寿司ロールで乾杯!」を本にしないかと電話があった。共同出版という形での申し出だったが、かかる費用を聞くと、とても高くて手が出せない金額だったので、断念した。しかしその後、自分で色々と調べていくうちに、もっと良心的な金額で出版できる会社がたくさんあると知り、現在は原稿を持ち込むつもりの会社を2,3社に絞っている。

このような紆余曲折をたどるうちに、出版を自己満足で終わりたくないという気持ちが膨らんでいった。なので、昨年は一年を通して、多くの人に原稿を読んでもらって感想を頂いたり、また、小説を書くためのアドバイスをする専門機関に高いおカネを払って読んでもらったりもした。そこで発見したのは、専門家のアドバイスよりも、普通の一般読者の方が、より深く的確に小説を読める、ということだった。

みなさんの助言と感想をもとに、再び原稿を大幅に書き直すことにした。これが最後の改稿だと私の中では思っている。何度も書き直すうちに、登場人物たちのキャラがブレたりしてしまっては、書き直しの目的が本末転倒になってしまう。最初に設定した人物たちの性格や特徴をしっかり心に留めたまま、彼らを進化させる形にしたい。ブレずに高める。揺らがずに変える。そんなことをモットーにしながら遅い筆を進めている。

この小説はもう無理かもしれないな、と暗い気持ちになることもある。そんな時に、私を励ましてくれるのは、ライバルたちの存在だ。ライバルなどと言うとおこがましい。彼らは私よりもずっと遥か上を走る自立した書き手たちだ。

先日、その中のひとりが、12冊目の本を出版したというので、近所の紀伊国屋書店まで足を運んできた。その人は、これまですべての本を自費出版されていて、出版&宣伝&販売のすべてをご自身でプランを立てている。ただただ、すごいなと尊敬している。私が出版社選びに迷っていた昨年、彼は「出版社はあくまで本を出版する場所だよ、ただ、それだけだよ」ときっぱりと言い切られ、その言葉に私ははっとさせられた。会社は出版するだけ。その他はすべて書き手自らが努力することだと、その人は考える。宣伝方法も販売戦略も彼が自ら編み出している。

その方が、ある意味、本当に自由になれるのかもしれない。彼がこれまで出してきた本は、昆虫の趣味の本から始まり、自伝的エッセイ、小説と、人生のその時々で、自分の書きたいように書いてこられた。最新刊は幻冬舎から刊行された実話に基づく音楽エッセイだ。私はどきどきしながら、紀伊國屋書店の棚を探すと、見つけた。

その人は石蔵拓さんという。「北高フェイドアウト」というタイトルの本は、ちょっと驚く実話だ。誰もが名前を聞いたことのある有名ミュージシャンが次々に登場し、読者までその時代にタイムスリップしたような気分になれる。多くの有名ミュージシャンたちも、若かりし頃は、みんな一途に頑張っていたんだなと、しみじみくる。

「北高フェイドアウト」が置かれている棚は、男性作家コーナーだったり、ノンフィクション・コーナーだったり、歌謡曲コーナーだったり、書店によって異なる。ただ、私が意外だなと思ったのは、自費出版の本といえども、立派な書店に堂々とディスプレイしてもらえることだ。自費出版の本は、本屋の隅の隅の棚のひっそりと隠れた所にしか置いてもらえないと、以前、ある人が言っていたことを思い出した。その人はアンチ自費出版の人だったせいもあって、そう言ったのかもしれないが、事実、そういう販売格差があるのも事実なのだろう。しかし石蔵さんの本は、棚に堂々と並べられていた。これもまた事実である。

石蔵さんの本を手に取ると、なんだか嬉しい気持ちがこみ上げてきた。「今回も成し遂げたんだね、石蔵さん」と心の中で呟いた。ライバル(と言ったらおこがましいけれど)が頑張っている姿を感じる時ほど、奮い立つ瞬間はない。嫉妬ではない。純粋に勇気づけられる気持ちになるのだ。本の売れないこの時代に、自力で本を出し続けるのは、並大抵の情熱ではできないこと。石蔵さんの情熱と努力を思えば、私なんて筆が遅いと嘆いている場合ではない。

さあ、私も頑張ろう。

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