最近の記事

イングリッシュブルーベルのうみ 第拾話

前から数えで四列十五番、貴方との出逢いは其処から。演目は、春を忘れた民に春の尊さ有難さ美しさを伝え、取り戻す為に立ち上がらせる春の女神の戯曲。 貴方の役は春を見失った民達の心の寄る辺、けれども一瞬の欲で自滅する太っちょな小母役。 貴方は演じきった、その役を楽気に切な気に憐れに満足気に。舞台が終わり、終演の合間に見た貴方の素顔の垣間。貴方は、満ち足りていた。拍手喝采は、殆どが主演者に送られていた。だから、貴方へと拍手喝采を送った。貴方は、気付かない。それでも、送った。送り続

    • イングリッシュブルーベルのうみ 第玖話

      「意地汚く貪っては、骨を喰わず肉だけを喰う者を連れて行けると本気で思っているのか?」 残酷な言葉、無慈悲な宣言、温度も感触もない、只繋げられた言葉と言葉。だが、それが、今この空間における最もな正解である事に異論も反論もないのが滑稽で仕方が無い。 「ー」 「だが、俺達は此処に来ただけだ…行く先々を選定し、未来を定めるのはお前達自身だ」 「自身達が選定したとし、辿り着いたと豪語してもそれが観測者に因って定められていたとしてもか?」 「言うね、だが、その通りだ…俺が今こうしてお

      • イングリッシュブルーベルのうみ 第捌話

        父であった人間の持ち物だった筈、幼い頃の自分が描かれた画用紙と描く為には必須の鉛筆と絵筆。 一人で産まれた訳では無い、生きとし生けるもの、番があり、其処で種となり、形を成し、祝福の産声を、歓喜の狂酔を挙げる。 だが、父であった筈の人間は母であった筈の人間を只の一度も描かなかった。番であった筈の二人は何時の間にか居なくなった。行方を晦ましたのか?死亡したのか?分からない、気が付けば、此処に居ない、何処にも居なかった。 ふと、思いと振り返りに馳せている事に気が付き、意識を現

        • イングリッシュブルーベルのうみ

          それが、母親らしいのか父親らしいのかは分からない。だが、賜えた名前は呼んでくれた。殆ど、毎日同じ内容で在り来りながらも食事は与えてくれた。玄関の引き戸を開けば「いってらっしゃい」閉じれば「おかえり」と言ってくれた。 その日、母は父を殺した。道具を用いて?言葉を投げ付けて?分からない、憶えていない、思い出したくない、どれかなのか?どれでもないのか?途切れ途切れの不鮮明な記憶に色と臭いと明かりが灯るのが、何時の間にか血塗れの母親が何かを叫びながら倒れ込んだ父親の顔面を何かで殴り

        イングリッシュブルーベルのうみ 第拾話

          イングリッシュブルーベルのうみ 第漆話

          「あれ?どっち?」 思わず、飛び出した質疑は子供じみた言葉だった。森を、只只管に森を歩き、歩き続け、漸く、森の先が開き始めた頃、目的地と指された場所に辿り着いた。 その向日、茫然自失の恐怖に慄く眼差しと具現化された美しいモノを見るかの様な眼差し。そのどちらか、はたまた、そのどちらもなのか。ソニアは、質疑と共にシズクを見、彼の視線の行く先で判断し様とした。が、彼は均等にどちらも見、また、どちらも見ていなかった。彼の視線には、何時何時も正解がない。 「…シズク、取り敢えず、行

          イングリッシュブルーベルのうみ 第漆話

          イングリッシュブルーベルのうみ 第陸.参話

          ぱちん 非力で弱々しい音、それでもワタルの心を追い詰めるには十二分だった。 −…うそつき…かけないっていったのに!!− −…え…あれ?− 状況が全く分からないワタルは顔を真っ赤にし、ワタルが描き終えたばかりの絵を破り捨て、ワタルの頬を叩いたハギを目を点にして見返す事しか出来なかった。 −かけないって、いった!!− −う、うん…かけない…かけないよ…− −かけてるじゃない!!− 全くの無意識だった。それなのに、その言葉を聞いた瞬間。懐かしかった嬉しかった、単純な名称で

          イングリッシュブルーベルのうみ 第陸.参話

          イングリッシュブルーベルのうみ 第陸.弐話

          「僕に何を尋ねに来たのかい?」 「はい、その前に」 「前に?」 「…もう一つ…」 「?」 「…あれ?えっと…」 「ワタル?どうかしたのか?」 一坂の問い掛けを聞きながら、ワタルは駅舎や列車について尋ねに来たのと、あと何か。何か、もう一つ。大事な何かを尋ねか伝えかしたかったにも関わらず、何一つ、頭文字さえ思い出せなかった。 「おいおい、どうした、ワタル?一坂の方が、困っているぞ」 朝餉の味噌汁を啜りつつ、三角は何処か楽気に一坂とワタルを見合った。 「ご、ごめんなさい…思い出せな

          イングリッシュブルーベルのうみ 第陸.弐話

          イングリッシュブルーベルのうみ 第陸.壱話

          ここに、大きな家がありました。 ここに、小さな人間がいました。 ここに、海がないのに人魚がいました。 「まさか、残っていたのか」 「元冷環家所有の土地だからな、此処までの土地整理をするには相当な時間が掛かるだろう」 「悪い、其処ら辺が補完出来ていないのだが…俺等にも空白の期間が出来てしまう程に、酷かったのか?第二次世界大戦は?」 その問い掛けに、シズクは歩みを止めた。不意の立ち止まりではあったが、早目に気付けたのでソニアも距離を取りつつ、立ち止まった。 「酷いなんて言葉で済

          イングリッシュブルーベルのうみ 第陸.壱話

          イングリッシュブルーベルのうみ 第伍話

          「ーに滞り無く行われたとの事です」 −俺と一緒に、行かないか?− 「ー」 −どうして?ツバメは此処に居なきゃ、ハギとレオを幸せにするんでしょ?− 「しかし、これで、冷環様からご享受と思われていた米は全て…やはり、瑛未からという事になるのでしょうか?」 「馬鹿を言え!!出自の無い家が米を提供出来る等、有り得ない!!あれだけの実り豊かな米を毎度下賜出来る肥沃な土地は明解な出自を持つ家でなければ不可能だ!!」 −いや、…それに俺も何時かは追い出される身だ…早いか、遅いか…

          イングリッシュブルーベルのうみ 第伍話

          イングリッシュブルーベルのうみ 第肆話

          神様、どうか、神様。 泣いている、あの子。 どうして、こんな?どうして、こんなに?どうして、こんなにも?あぁ、どうして? 誰かのも分からない、真っ赤な返り血を浴びて咽び泣く、あの子を見つけて。 神様、どうか、神様。どうし様もない、興奮を知ってしまった僕を罰して下さい。 −俺と一緒に、行くか?− 目覚めると共に、左頬の鈍い痛み、全身の言い表しも誤魔化しも効かない、確かな痛みがワタルに起き上がりをするなと訴え掛ける。だが、起き上がらなければ、自身は独り。何をするにも、

          イングリッシュブルーベルのうみ 第肆話

          イングリッシュブルーベルのうみ 第参話

          黒髪が、とても綺麗で。好きと嫌いを怖がらず躊躇わず恐れずに、はっきりと主張し。それでも、誰かの、大切と認識した誰かの為ならば自己犠牲を厭わない。 −ね、朝はちゃんと君の所にも届くわ− あんなに綺麗だった黒髪なのに、振り乱して掻き乱して、意味も無く、毟って毟って引き抜いて。 「ー」 背後で聞こえた、鈍い音。上から下に、何かが落ちて潰れる音。風が無いのに鼻腔をくすぐった、あの臭い。でも、振り返られない。裏切ったのは、自分自身だから。 −お願い、教えて…お願い、聞かせて…

          イングリッシュブルーベルのうみ 第参話

          イングリッシュブルーベルのうみ 第弐話

          朝は変わらない。 晴れているか、曇っているか雨か嵐か、果てには雪か。たった、それだけの違い。 「ー」 朝鳥の鳴声に顔を徐ろに持ち上げる。託された訳ではない、強いられた訳ではい、課された訳ではない。単純にそれを担っていた人間が此処に居ない、何処にも居ない。それだけだからだ。 感触も言葉も痕跡も無く、気が付けば、居なくなっていた。何処にも、居なかった。 掌と甲を交互に見る、自身は其処まで幼くも老いてもいない、中間より半ば下ぐらい。言われるが故、性別は男。僅かに違和感を覚え

          イングリッシュブルーベルのうみ 第弐話

          イングリッシュブルーベルのうみ 第壱話

          朝はくる 昼はむかう 夜はとじた 何時の間にかの裸足で、髪を掻き毟り、振り乱した女がゆっくりと歩いている。微かに、血が混じった黒髪が何本か左手に絡み付き、ゆらゆら。 何処かを見ているかの様で、何処も見ていない、それでも、誰かを求めている眼差し。 半開きの口が、何かを呟いているのか僅かに開いては閉じてを繰り返す。 不意の訪れに姿を現した、太陽が朝を告げる。憐れを体現する女を眩しく照らす、滑稽な平日。幸いにも、今だけは女の独擅場。鳴き声も無い、静謐な橋の上。 視線を下に

          イングリッシュブルーベルのうみ 第壱話