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小説

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2022年11月の記事一覧

『月とコーヒー』 吉田篤弘

『月とコーヒー』 吉田篤弘

子供の頃から本を読むのが大好きだった。図書館に行っては、児童書コーナーの本を片っ端から読んでいた。
だから、子供の本の文体、語り口は馴染み深く、愛おしい。

その語り口に触れたくて、児童書にふと手を伸ばすことがたまにある。
ところが、いつも何か少しがっかりするのである。
いいなあと思う。名作に感動もする。ノスタルジックな心地良さも感じる。
だが、なにか違うのだ。私が得たいと思った、あの「子供の読書

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『家の本』 アンドレア・バイヤーニ

『家の本』 アンドレア・バイヤーニ

人の家というのは、何かしら覗いてみたくなるものだ。
TVでビフォーアフターやドリームハウスが人気番組となり、他にもお家訪問の番組や企画が数多あるのはその証拠だろう。

私達が人の家に惹きつけられるのは、その住人がそこでどんな生活習慣を持ち、暮らしの物語を紡ぐのかを思い描く楽しさがあるからだろう。

*****

この小説は、1975年生まれの「私」の人生の節目節目を、その時に住んでいる家を通して描

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『ウィトゲンシュタインの愛人』 デイヴィッド・マークソン

『ウィトゲンシュタインの愛人』 デイヴィッド・マークソン

謎めいた題名の本書は、一人の女性がタイプライターで書き綴る手記、という体裁の小説だ。
何が起きたのかは明かされないが、世界から人間と動物が消滅し、この女性は、唯一の生き残りのようである。

最初は他の生き残りを探し、やがて諦め、何年もただ一人世界中を移動しながら生きてきた彼女が、その孤独な移動生活や、事が起こるより前の生活について、と同時に、ランダムに頭の中に浮かんでくる様々な文化的知識を正誤ない

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『容疑者の夜行列車』 多和田葉子

『容疑者の夜行列車』 多和田葉子

この読後感を、どう表せばよいのだろうか。

二人称小説。
この本が語るのはあなたのことだ。
語られるあなたはいつも、寝台車での旅の途中。ストで足止めをされたり、怪しい人物に近寄られたり、うっすら犯罪の匂いのする現場に居合わせたりする。
しかしトラブルは大事に至ることはなく、あなたは少し焦ったり立腹したり居心地が悪かったりするだけで、それらの突発的な状況をどうにか受け流しながら旅を続ける。
そして、

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