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2022年9月の記事一覧

『望潮』 村田喜代子

『望潮』 村田喜代子

密かな名作短編をひとつ紹介したい。

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元高校教師の、喜寿の祝いの席。
老先生は、集まった教え子たちにある話をする。

10年ほど前、彼は俳句の仲間と、玄界灘の小島に吟行の旅に出かけ、そこで異様な光景に出会ったという。
「ほとんどエビみたいにつの字に曲がった腰」をした老婆達が、手押し車を押しながら、車道を行進する光景である。
地元のタクシー運転手は彼女達を「カニ」と呼んだ。「磯カニとおん

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『アサッテの人』 諏訪哲史

『アサッテの人』 諏訪哲史

読む者の感覚に働きかける奇妙な力を持つ、面白い小説だ。

何のことやら意味不明である。
意味不明なのにわけもなく惹かれてしまう。
そしてこの意味不明な文章を、本書を最後まで読んだ後で立ち戻って読むと、くっきりと意味が通ってくるのだから面白い。

語り手である「私」の叔父が、「万事心配無用」という葉書を残して失踪する。後始末のために叔父の住んでいた団地の部屋を訪れた「私」は、そこで叔父の日記を見つけ

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『甘美なる作戦』 イアン・マキューアン

『甘美なる作戦』 イアン・マキューアン

「贖罪」、「アムステルダム」のイアン・マキューアンによる、英国スパイ恋愛文学小説である。

70年代ロンドン。
主人公は大学を出たばかりのセリーナ。
高校までは成績優秀だったけれど大学での成績はいまひとつ。
そんなセリーナは大学時代に一人の教授(トニー)と出会い愛人となり、彼に勧められて、MI5(国家保安部)に入所することになる。
(この教授からは入所前に突然別れを告げられ、その後彼の死亡の報が人

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『中学生までに読んでおきたい哲学』 松田哲夫(編)

『中学生までに読んでおきたい哲学』 松田哲夫(編)

あすなろ書房から出ている「中学生までに読んでおきたい哲学」というシリーズが素晴らしいので、ぜひ紹介したいと思う。

全8巻のシリーズで、それぞれ、愛、悪、死など哲学的なテーマが掲げられており、著名な書き手達による文章が、巻ごとのテーマに沿って選ばれ収録されている。
「日常の暮らしの中に潜んでいる哲学的な問いかけを探り当て、自分の頭で考えるきっかけとなるような文章を集めたアンソロジー」(編者松田哲夫

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