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2022年5月の記事一覧

『そんな日の雨傘に』 ヴィルヘルム・ゲナツィーノ

『そんな日の雨傘に』 ヴィルヘルム・ゲナツィーノ

「自分は、自分の心の許可なくここにいる」という気分を抱えて生きている男の物語である本書のカギは、「存在許可のない人生」、「無許可人生」という人生観だ。

初めから終わりまで、なにやら面倒な感じの中年男が町を歩きながらつらつらと心中で呟く独白が繰り広げられる。
町や河畔をひたすら歩き、時々アパートに戻り、またはカフェで食事をし。知人の姿を見つけると対面せずに済むようにこそこそ避けたりもする。
そうし

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『彼女は頭が悪いから』 姫野カオルコ

『彼女は頭が悪いから』 姫野カオルコ

不快な読書である。
しかしガツンとくる読書である。
そしてこのガツンは貴重なガツンである。
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東大に通う大学生及び大学院生が、ある女子大生を痛飲させた上アパートに連れ込み、性的暴行を加えたとして逮捕起訴される。
その被害者・美咲と、加害者の一人・つばさを軸に、この事件に至るまでのそれぞれの過程が物語られる。

美咲は、どこにでもいるようなごく普通の女の子。
善良で庶民的で野心の

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『ほんとうの私』 ミラン・クンデラ

『ほんとうの私』 ミラン・クンデラ

ミラン・クンデラの本が好きで、定期的に本棚から抜き取って読んでいる。
最近は、この短い小説を手に取った。

年下の恋人と同棲している、離婚歴のある女性(シャンタル)。最近、体が急にほてったりと中年期の不調も抱え、女としての人生の節目を感じている。
ある時旅先で、彼女はふとしたなりゆきで、恋人の男に向かって心の声をもらしてしまう。
「男たちはもうあたしを振り返ってくれないの」

同じその旅先で、彼女

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『舞踏会へ向かう三人の農夫』 リチャード・パワーズ

『舞踏会へ向かう三人の農夫』 リチャード・パワーズ

ぬかるんだ田舎道に佇む三人の男。
二人は明らかに若く、一人は年齢不詳。
揃いのスーツと帽子姿の三人は、めかし込んでどこかへ向かう途中のようだ。

表紙の写真は、写真家アウグスト・ザンダーによるもの。
本書は、この一枚の写真を巡って想像力を羽ばたかせた、歴史の流れの物語である。

3つの物語が並行して交互に語られながら進行する。「めぐりあう時間たち」の構造だ。
簡単にキャプションをつけるならば、

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