見出し画像

資質があるのに「リーダーになんかなりたくない」と言う人たち

「なりたくない」と思うのはなぜか?

「女性活躍」のトレンドとは裏腹に、「リーダーになりたくない」と異動や昇進を固辞されるケースに頭を抱える人事担当者も多いのではないでしょうか。

女性に限ったことではなく、今や男性も然りですが、誰もが等しく出世したい、偉くなりたい、と考えていたのははるか昔のこととなりつつあります。ダイバシティや働き方改革の流れの中で、生き方や働き方には人それぞれの尺度や価値観があり、頑なに現状維持に留まりたいと考える人がいたならば、それはそれで尊重されなければならない時代です。

頭ではそうとわかっていても、適切なリーダーに事業を継承させて世代交代を図ってゆかなければ、企業は生き残ることができません。時代が変わっても、新しいリーダーは絶えず求められ続けるのですが、ここへ来てそのなり手探しに多くの企業が苦労し始めています。

「部下の指導や管理がメンドウ」
「プライベートとの両立に自信がない」
「憎まれ役になりたくない」
「より大きな責任を負うのは気が進まない」

「リーダーになりたくない」と異動や昇進の話を固辞する人たちが挙げる理由はさまざまですが、本人が言っていることが必ずしもすべてではありませんし、実際には別の理由があっても、本人がそれには言及しない可能性もありますから、言い分を額面通りに受け取って、なだめすかしてみても、思うように説得できないことも多いでしょう。

思うように事が進まないと、嫌がる者を無理やりリーダーにすることに対し「果たしてこれが会社のため、本人のためになるのだろうか?」と、疑念がわいてくることもあるかもしれません。しかし、備えるべき資質をきちんと動機として持っている人であれば、実際に着任してしまうと「意外にできてしまう」という例を、私たちはたくさん現認しています。

「成功するリーダー像」には共通点がある

関係各署の調整や内外の折衝といったリーダーに求められるさまざまな行動の源泉となるのは、その人が持つ「内的動機」です。私たちキャリパーには過去60年以上にわたって蓄積された内的動機に関する膨大なデータがあります。「成功するリーダー像」の類型も無数に存在しており、それぞれの個性や職務環境で異なることが特定できています。客観的な基準でリーダー適性が高いと判断された人は、本人の意志とは関係なく、リーダーに据えてみるとほぼ間違いなく機能するばかりでなく、本人もその仕事を楽しいと感じることができるようになります。

例えば、自分の意見に同意してくれない人を何とか説得して同意を得たいという動機は、リーダーが備えるべき重要な資質のひとつで、「エゴ・ドライブ」と呼ばれています。私たちがリーダー適性を判断する上で、非常に重要視しているその指標は、日常会話で使われる「エゴ」とはまったく異なる概念で、相手を説得することによって充足感や達成感を得ることができることを示すものです。

(あくまでもリーダー適性に照らし合わせると、ということであり、技術職やデザイン職で成功する人は、むしろエゴ・ドライブは低い人の方が多いという統計もあります。高いからよい、低いからよくない、ということでは決してありません。)

そのほかにも、他人の気持ちへの関心の高さを示す「エンパシー(感応力)」や、自分への批判を前向きに受け止め、成長材料として有効に活かすことができる「エゴ・ストレングス(復元力)」を併せ持つ人は、リーダー適性が高いと判じられます。

新たなロールモデルのために

これだけ多様性が取り沙汰されている昨今にあってもなお、働く人たちが描くリーダー像は権威主義的であり、辣腕、剛腕といった男性的なイメージを知らず知らずのうちに付与してしまっているようにも思えます。

時代の流れとともに、望ましいリーダー像も少しずつ変化しています。会社側も働く側も、固定化された古いリーダー・イメージから脱却し、よりしなやかでスマートなリーダーを増やすこと、または自らその先駆けとなることを目指してみては如何でしょうか。それが新たなロールモデルとなり、後に続く者たちが自らの意志で「あんなリーダーになりたい」と感じてくれるなら、それもまた、そのリーダーの輝かしい功績として語り継がれることになるでしょう。