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2020年12月の記事一覧

声かけ

目が覚めたのでおはようと
丸い時計に目を伏せて

トイレの扉をぎぃと開いて
寒いねぇってぶるぶるささやき

しぶきで汚れた鏡に向かって
眠くないって指で拭って

髪を整え水を一口
目元にだけはメイクして

マスクのゴムをびんびんいわせながら
よろしくよろしく頭を下げて

鍵をしながらまばたきまばたき
空の澄む目を見つめて挨拶

隙間つくって息白いねと
淡い緑に微笑んで

水路でぼうっと立っている

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トマト仕事

 青いトマトを、赤く熟させる仕事をしていた。

 手にしたトマトは硬くって、指が青ざめるほどひんやりとしていた。それを地面に落とし、拾い上げてはまた落とす。砂や緑やコンクリートに触れた部分は、少しずつ少しずつ、色の温度が上がっては、まぶしくやわやわになっていく。

 あっちのもお願いと言われて、やせた水の流れに肌を浸し、両手で持ち上げれば、今にも形がなくなってしまうんじゃないかってほど、ぶよぶよに

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猛禽類

陽で白く燃えた翼を広げ
がたがたの影を落としながら

どこまでも滑空し
いつまでも旋回して
くちばしを鳴らしながら狙っている

目に痛い色をした
地を跳ねるその小さな一羽を

優しさという猛禽類は
空を覆うほどの群れで狩りを行い
腐肉さえ漁って
げぇげぇと満腹をわらう

雲をまだら模様へと穢し
日影を地上から奪うその
大気を切る音はひどくうるさく

糞の汚臭で大地がひとつとなり
一切の水から輝きが

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料理

出てきた言葉という料理を
その鮮やかなスープを眺めてみれば

それは確かに
お皿も盛りつけ方も
具材もスプーンさえもが凝っている

それなのに
ふっとすくい上げて一口
唇の奥へと流し込んだ途端
生臭さと共に痛みが走る

棘が混入していたのだ

いや混ざっているんじゃない
実際はそれが
そういった語彙の表現の
そこにあることこそが
その料理の本質なのだから

そばで滔々と
そのつくりものにつくり方に

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場所によって実りの数が違うように
田によって出穂の輝きが異なるように

努力という緑は
決して一律には色づかない

努力すればと笑う人間の顔を見よ
やろうと思えばできるものだと
軽く見ているその表情を盗み見よ

そこには無数のダニが
裸眼で映るほど肥えている

塩に溺れた土壌を清めることはできない
入れかえることなどかなうはずもない
嵐が一切を流していくことならあり得よう
土とは宿命であり運命なの

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慟哭

実体ではなく
理念でしかないその観念の影に
そっと腕を伸ばしても
触れるのは呼気の溶けゆく大気

観念はただ観念でしかなく
実際は生命であると
存在であると直覚したとき

母とは幻であって
父とは空想であるという電気が光り

そのほかの一切
たとえば子や
大人や人間も

理想という玉座に置かれ積まれた
分厚い本のなかの文字に過ぎぬことを見た

動くものすべてが心音であり
立ち止まるものの一切は脈で

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原稿用紙

林の影で鎖された旧道の
凍てついた水の溜まりに

どさりと手を重ねて
上着のポケットからくしゃくしゃの
名のない原稿用紙を出して置き

甘くふやけて溶けていく
格子を言葉を

そっとすくって
こくりと飲んだ

ひざのお皿に載った痛みも
遠くのほうから呼ぶ声も
迫ってくるぽかぽかとした熱の束も

すべて無視してのどを鳴らして

薄くて厚い氷ごと
原稿用紙に覆いかぶさる

顔を上げればハトが鳴き
遠く

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十字

透明の
細くて小さな長方形を

仰向き出した舌にのせ
十字になるようまた置いて

垂れそうになる唾液と
乾きに乾いたつばのにおいが

その清澄を濃く色づかせ
ついには発光し始めたとき

ぱちぱちと拍手が響いて
唇は笑い

十字はぽとぽと
落ちていく

風花

手と手のひらを合わせて合わせ
そっと離せば青い糸

たるむ繋がり六花を裂いて
やまない影が傾いて

熱も手汗も客観性も
乾いた大気へ吸われていって

一切は自分で
自分が一切で

客観なんて言いわけだって
この身を産んだ冬がささやき

風花ふっと
目に入って

失せる

 忘れられていくこと。見えなくなっていくこと。存在が極小へと近づいていくこと。かざした腕が透け、かすかな縁だけがおぼろげに残ったとき。この身はこの身となって、空を川を駆けるだろう。土は土となり、草花は草花となって、そこにあるだろう。鳥は鳥へと変わっていき、虫の羽音は虫の羽音へと変わっていく。雨は雨になって、雲は雲になって、星は星に、月は月に、日影は日影になって、移ろうだろう。この身はこの身となって

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一人称

細くて黒い影の尾が
目元に落ちて埋まっていたので

抜こうとすれば熱におぼれて
氷のように濁った清らかでは在れぬことを学び

もう何年も日の影を浴びずに
降りしきる音だけを見つめていた
右の耳は深く深く青ざめていて

分かっているんですから
分かっていないんですから

あっさりと左利きになったこの身は
またあっけなく右利きへと舞い戻って

暗い色に触れながら

欠落したじぶんを
一人称で呼ぶ

不毛

なにかができるという意味で
この身を肯定するのなら

なにをもできぬという意味で
この身を否定することと

知ってしまえばそれはもう
黒い海へと落ちてゆくこと

価値と意味との波間に溺れ
月影溶け込む白波つかむも

在るという名の一切は
打ち砕かれては消えてゆく

意義って色した衣類も靴も
半端に重くて沈むばかりで

ぷかぷか浮かんで息できるのは
泳げるわずかのただわずか

それらもいずれは窒息し

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歯と同じ形

歯と同じ形になるまで冷水を噛んで
生ぬるくなったから唾液といっしょに吐き出して

歯と同じ形になるまで緑茶を噛んで
生ぬるくなったからカスといっしょに吐き出して

歯と同じ形になるまで炭酸を噛んで
生ぬるくなったから歯垢といっしょに吐き出して

歯と同じ形になるまで焼酎を噛んで
生ぬるくなったからコケといっしょに吐き出して

歯と同じ形になるまで冷水を噛んで
生ぬるくなったから唾液といっしょに吐き

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