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我慢強さ

移ろうものの前に座り
膝を抱えて背を丸めながら
じっとじっと見ていられるほど
我慢強くはない目玉が植わっている

家の前のドブ川に沿う
ガードレールに腰掛けて
ポケットに手を入れ
持たされなかった鍵を弄びながらも
痛みの父母は生であることを
幼い頃は思い描けず

依頼

目をつくっていただけませんか
光を閉じ込めることのない
暗い色で塗りたくられた目玉です
深く深く潤った目玉です
どうしても見たくてたまらないんです
だからどうか
見せていただけませんか
空っぽな目玉を
つくっていただけませんか

始めない

始まりとは終わりであって
始めることは終わらせることなのですから
決して始めてはならないのですよねと
石に向かって苦く笑いかけながら
指先に溜まっていく老いた心音を
浅く握り締めるほかありません

宛先

見えない字で書いた手紙があるのです
引出しの奥で束になって眠っているのです
切手は持っているのですが
宛先だけがないのです
だからどうか教えてください
宛先を

形状

肉の形状が精神の喉を通ろうとするたび
心はむせてえずき
震えながらも涙を拭い隠して
ほかの肉に向かって笑みを浮かべる

ない

結局言葉を並べているだけで
なにも再現できずに
理想だけが
ただ腕を広げて微笑んでいる

空箱

箱を開けてみて
中身がないことに遠く微笑み
閉じて次の日もまた汗ばんだ手で
箱を開けての繰り返し

誠実

川も月も草も土も
街灯も
コンクリートだってそう
言葉を使ったりはしないから
だから誠実なのです

想起

 覚えているのは言葉です。思い出しているのも言葉です。過去というものそれ自体を覚えているわけでもなければ、思い出しているわけでもない。再現できるのは、想起できるのは言葉であって過去ではないから、だから苦しいのです。

べったり

 詰まりかけのシンクが、流れていかない薄い水が言うんです。何かを見ようとしている目、その目の焦点は合わないものだと。曖昧な視線だけがその何かを見ようとしていると。まっすぐな目玉に何も感じないのは、その目が恣意と概念と乱交しているから。それを見せびらかしながらも平気でいるから。虚ろに輝く、色のべったりと塗られた瞳だけが何かを映そうとしている。だから震えるくらい、そうした目に指を入れたくなるんだって。

もっとみる

虚ろな

なにかを映してはその水面に閉じ込めて離さない目玉よりも
なにひとつ映ることのない虚ろな瞳のほうに
ずっとずっと目を奪われるんです

狂い

心臓に詰まりを感じながらも
狂っていると思えないのは
この肉が狂っているからでしょうか
それとも狂っていないからでしょうか

大丈夫

どれだけ声を出そうとしたところで、叫ぼうとしたところで、周りに聞こえたりはしないんですから、同じような耳を持った遠くの人にしか気配はゆかないんですから、だから大丈夫、言葉、絞り出そうとしていいんですよ。