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さよなら白い嫉妬たち。#ショートショート

しなければいけないことが八雲にはあった。

十五夜も近かったので、お月見団子を
つくることにした。

ボウルの中の純白の団子粉に水を、そろり
そろりと注ぐ。

さらさらだったものが こねていると、しっとり
してゆき ばらばらだったしろいものが
ひとつにねばってゆくのがわかる。

八雲にとって白はいつだって ここから
よそへでてゆくときのよそおいなのだ。

ひたすら、手のひらの上でまるめていると
なんだか 遠い日のお月見のあたりのことが
浮かんでくる。

みんなで暮らしていた頃。
母が家を出てゆく前日のことを思い出す。

すすきを飾ったちいさな花瓶の側には
まあるいお団子がならんでいた。

ピラミッド型に並べるのは八雲と弟の
仕事だったような記憶がある。

カレンダーをめくらなくても日記を
よみかえさなくても そんなささやかな
母のたたずまいによって 季節は巡っていた、
その日までは。

そして、八雲の中で白玉団子には、別れの
儀式のときの食べ物のような記憶が
沁みついた。

湯のなかで、まるまった団子がふわっと
ゆらっとまっしぐらに浮いてくる。

この瞬間がたまらなくいつの頃からか
好きだった。

重たかったものがふいに軽くなる。

澪が眠りにつく時、腕の中で一瞬軽くなった
ような。

あの時に似ていた。

あの時と違うのは、今日は上新粉と団子の粉の
なかにそっと、澪が彼岸までたどりつける粉を
混ぜておいたことぐらいだ。

澪の耳たぶに触れながら、これぐらいの柔らかさが
いちばんおいしいって囁く。

白い団子が澪の喉元を過ぎたころ、澪は澪のなかから、
そとへとでてゆくのが八雲にはわかった。

そして白玉が浮き上がるように澪の中から
重力も消えた。

八雲はそっと狂おしい白を見ていた。

澪の肌に似た白玉を。

澪が誰も愛せなくなることに安堵したかった
だけだった。

白はここからどこかよそへでてゆくための
よそおいの色だとつぶやきながら。



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