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ひとめぼれした街に、お帰りなさいの声がする。

わたしの住む町には誕生してから
55年以上経つデパートがある。

屋上植物園のようになったその屋上には、
わたしがこの街に引っ越して来た頃には
半円型の舞台があって、その前にはベンチが
いくつか置かれていた。

それは3列並んでいて、背もたれのペコちゃん
マークは錆びていて、すごく末枯れた風情を
醸し出していた。

さびれているってかなり好きなので、この街
いいなって思った。

大人になってからはなぜかデパ地下が好きに
なった。

雑踏はきらいだというのに。

そのデパートには親しい方が幾人かいる。

みんな働く先輩たちだ。

夕刻になると、仕事帰りの彼女たちとお惣菜や
さんでよく会う。

もともとは母を通して出会った方々だけど。

この間久しぶり宅配じゃなくてデパートで買い物
をした時。

もう何年振りかでそのデパートの営業畑ばりばりの
Yさんに総菜屋さんで鉢合わせした。

昔から知っている人みたいに挨拶してくれて、一瞬に
して時間が縮まったようなそんな気がした。

彼女に夕方に会うと、戦ってきた人の潔い疲れ方が
見え隠れして、カッコいい。

田中屋さんというお店では、パートのおばさまとも
少し親しくなった。

商品ケースコーナーの上から商品を渡す時は必ず
「高いところから失礼します」と必ず挨拶してして
くれる。

妙だけど彼女達と接していると親戚よりも親しい
気持ちになることがある。

ある日、バスでもよく会うゆりちゃんと言う
女の子がデパ地下を歩いていた。

ゆりちゃんは、すこし知的障害を持っている。

いつかゆりちゃん、じぶんで自己紹介をバスの
降り際にわたしにしてくれたことがあって名前を
知った。

それからバスで会う度にこんにちはとさよならを
いつも同時にしてくれる。

そのゆりちゃんがデパ地下を歩いていた。

あ、ゆりちゃんだって思ったその時デパ地下のつくだ
煮やさんとかお豆腐屋さんの店員さんが、ゆりちゃん
お帰りってみな口々に声をかけた。

ずっと姿を見せなかったらしく、
(コロナ前のことだったけど)
どうしてたの?心配してたんだよ元気そうでよかったよ
ゆりちゃんって話かけていた。

ゆりちゃんは意外とそっけなく、うん学校はおやすみだっ
たんだ。

ずっとママとお家にいたのママといたんだって。

お母さんと一緒だったことの方がずっと大事だっていう
感じで、ゆりちゃんはうれしそうで。

じゃあさようならってあっけなくデパ地下の通りを
するすると帰っていった。

ゆりちゃんの背中をみながらなんかいいなぁってこの
デパ地下好きだなって思った。

ある日、お豆腐屋さんをひとりでいつも切り盛りしていた
お店が、とつぜん閉店することになった。

とても美味しいお豆腐やさんだったので、母もわたしも
残念な気持ちがしていた。

そこの店員のおばさまは、いつもお豆腐やお揚げを
買うだけでふかぶかとお辞儀をしてくれるような方
だった。

彼女は店をひとりでやっていたのでいつも従業員扉の
前を出入りするが多かった。

ぽわんぽわんと、人が通るたびに揺れているあの扉。

開いたと思うとすぐに勝手にしまってゆく。
把手はない扉。

荷物を抱えた従業員が手がふさがっているときも
便利なように、やわらかい扉に設計されている
のかもしれない。

開けたい時はからだで開ける。

みなさんのルールのようだけど。
あの扉を通る時、お店のお客さんに一礼してから
その扉のなかへと消えてゆく。

あの扉をみるたびに、いなくなった彼女を思い出し
たりしていた。

そのデパートは、古いだけあってなんだか大きな家族
みたいな感じがすることがある。

大家族に憧れたこともないけど。

そのデパートだけはわたしがほっとする唯一の場所
だとおもう。

生活しているという、おなじ輪の中にみんながいる
ことを実感できる場所だからなのかもしれない。

そして、潮の匂いが漂うこの街は思いがけない
温かい言葉をかけてくれる人たちがいる。

そんな体温を感じる場所だからわたしは好きなの
かもしれない。




 

いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊