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たとえて言うと、あの人は、ムーミンのミィみたいな人だった。

去年の夏のことだった。

夏は繁茂する草たちとのたたかいだわって思っていた。

でもたたかってはいない。たたかい下手なので、ちょっとずるをして
草いっぱいな中庭に目をやってちょっとみてみないふりしいた。

ちょっとボサノバ、ジョアン・ジルベルトでも聞くかっていうような
気分のまんま、ほんとうに何もしたくないのに、しなければいけない
生活のこまごまとしたことは追ってくるから、しゃあないねって思い
つつこなしていた。

そうこうしていたら、固定電話がひさしぶりに鳴った。

固定電話が鳴ると、鳴るんだね固定電話って気分になるけれど。
たいていが、営業方面の電話なのでそのまま飛びつかずに待っていた。

よくよく聞いていると、なんか切羽詰まっているような。

とにかく、何かをわたしんちに伝えたがっているような口ぶりだった。

はじめはちょっとスルーしようかと思っていたら、おなじ町内会の、
井之頭さん(仮名)
からだった。

彼女は、わたしと母がこの地に越してきて間もない頃、班長会のような
場所でご一緒した。

まぁ、なんていうのか。

私たちが新参者だったので。

根掘り葉掘り掘り起こしにかかろうとしていることがわかって。

すべてのことをはっきりおっしゃる方で、越してきた頃は、ちょっと
苦手かな
って思っていた。

ご近所の方で、100歳近くになられる方のお葬式の場面でも、なんていうか
わたしたちを労っての言葉だったのだけれど。

まわりの町内会の方達が、引いてしまうほどのことをおっしゃって。

それは、付き合いのない人の弔いに行くべきか否かみたいな、とても
デリケートな話で。

それを、

その場所で、

新参者のわたしの前で、言わんといてって気にはなったけど。

家に帰ってから、よくよく考えてみると。

よく知らない人のお葬式に行って、悲しそうな顔をしているというか
行くことで、ノルマを果たしたよねっていう感じも偽善っちゃ偽善
よねと。

井之頭さんの言葉は

どれもがみんないつもいつも思っているけれど、なかなか、ほんとうの
ことは口にできないからねって種類のものだと気づいてから、わたしは
井之頭さんへの敷居が低くなったというイキサツがあった。

これって、あれだ!

たとえて言えば、ムーミンのあのミィやんか!って。

ミィってほんとうに小さいころは嫌いやった。

なんでみんなが、楽しくわいわいしてるのに、水差してくるかなって。

ミィ嫌い。ミィあっち行って。ムーミンの中でミィはいらんと思う。

って本気で思っていたことがあった。

でも大きくなると、

ミィって嘘はつけないし、空気ぜんぜん読まないけど、ミィに親近感を感じてる。

そうその井之頭さん。

久しぶりというかはじめての電話口で。

突然で、ごめんなさいっておっしゃった。

すわ、クレームかな?っておそるおそる聞いていたら、

お宅のガレージに百合みたいなピンクの花が咲いているのをずっと
きれいだなって、散歩の時とかにみせて頂いていたんだけど、今その
花がおわったでしょ、そこにつぼみのようなふくらみができていて、
その中にきっと種があると思うんだけど、もしよかったらその種を
頂けないかしら?

今、すごい整理しないまま井之頭さんの言葉をタイピングしたけど。

二度と同じ文言をわたしは言えない。それぐらい思いついたままの
単語を並べて、すごい早口競争のようにわたしに言った。

ほんとうに井之頭さんは慌てていて。

何をそんなに?

というぐらいの慌てようだった。

そして、それは、あまりにも思いがけないリクエストだった。

わたしが、草取りのついでに。

ちょんちょんちょんと、あの名もないユリに似た花を切ってしまわない
かと、心配しての事だった。

つまり。

わたしからあのユリのような花を救いたかったわけだ。

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ガレージに咲いているものは、ほとんど名前はあるんだろうけど名も
知らない。

いつのまにか、

こぼれ種で育成されたものなので、そういう花に興味をもたれている
ことにびっくりしながら、

ほったらかしの庭の片隅に咲く

名もない花を欲している方が、いらっしゃることに、それがあの辛口で
有名な井之頭さんだったことが、なんとなくなんか

心の中に風が通ったみたいな気持ちで、いらしゃるのを待っていた。

井之頭さんは、お忙しいところごめんなさいっておっしゃりながら、

スピードがいのちみたいな風情で、育ててみたいのよ。種からやって
みたいのって、今までみたことのない笑顔でおっしゃった。

その時わたしは、名も知らないユリに似たつぼみのあたりを、指で
つまんで、ちょんちょんちょんと摘んでいく井之頭さんの指さばき
ばかりに目を奪われていた。

だれかのことって。

それが近くに住んでいる人だって。ま、都会暮らししていると。

ほんとうに一面しかみていないんだなって思った。

ほんとうに心底おもった。

フラワーショップで売られている花束ではなくて。

さして手入れも頑張っていないうちのガレージの名前のない花に気をとめている、井之頭さんのことが、わたしの中ですこしずつ輪郭をもちはじめていることに気づいた。

そして、井之頭さんは、帰り際になにか秘密のものでも渡すかのように私の手の中にそっと、袋入りのものを掴ませた。

断ったけど、いいからいいから美味しいから使ってみてって、そそくさと
つぼみを大事そうに抱えて、帰っていった。

袋を開けるとそこには、茅乃舎の出汁が入っていた。

気遣いの人だったんだ、井之頭さんって。

ほんとうに頂きすぎですよって気持ちになりながら、その夜、茅乃舎出汁でスープを作ってみた。

その茅乃舎出汁の味であることはまちがいないけれど、そのスープの味は、
井之頭さんのやさしさが、スープの中に溶け込んだような味がしていた。

今日の一曲は

♬福山雅治さんの SOUPです。

どうぞお聞きくださいませ♬


        名も知れぬ 遠き町より 種がこぼれて
        名も知れぬ 花がさいたよ 陽炎まとう


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