名前がつくと、キャラが決まったように感じた。
春の手前あたり。
真夜中に伊予柑を食べていた。
こっそり厚い皮を剥いて、なるべく
静かに口に運んだ。
一房ずつ指で離してゆくと
ひんやりとした袋の内側に
たっぷりと滴るものを
携えていることがわかる。
果物はちょっと博打なのだ。
皮を剥いて口に運んでみないと
ほんとうに欲しいものにありつけ
なかったりする。
重さや色つやを店頭で確かめるけど
やっぱり限界がある。
そう言う意味で、その夜のは正解だった。
喉を潤してくれるのに十分なほど
みずみずしい伊予柑だった。
ひととおり食べ終えてからいびつに
よっつにわかれた皮を捨てようと
思った時。
きらきらとひかるラベルに気づいた。
ちいさい青白い光りの下で見る
ひし形のそのシールには平仮名と漢字で
構成された伊予柑の名前らしきものが
記されていた。
<蜜る>
みつる?
あぁ男の子だったんだって、今さっきのはって
思ったらなんかわけもなくもやもやっとした。
果物に名前がつくとその擬人格というか
キャラが決定されてゆくようで、
なんだかせつない。
人の命を食べたみたいでびっくりした。
そして今し方の彼? を導火線にしながら
ふとでこぽこのユーモラスなかたちの蜜柑を
わたしの目の前で器用に剥いてとても
おいしそうにたべていた人のことを
思いだす。
憧れのひとだった。
どうぞ食べて食べてって言われたけど
できなくて、大丈夫ですって断った。
なにも大丈夫じゃない時に大丈夫って
緊張して言っているじぶんがおかしかった。
まだ<デコポン>が出初めの頃。
彼の社員のお母様が贈って来たんですよって
おっしゃっていた。
デコポンはどうしてデコポンという名前が
ついたんだろうね談義をみんなで笑いながら
していた。
緊張しすぎてその見解を聞き忘れた。
ただわたしは言えなかったけれどこう思って
いた。
名前がつくとキャラが決まるって想うのは
なんでなんだろうと。
その人の名前はお父様がつけたらしく。
スタンダールの『赤と黒』の主人公から
来ていると知ったのはもうずいぶんと
後になってからのことだった。
夜になる そのせつなには 名前があるの
憶えてる 見知らぬ国に 似ている名前
いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊