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一期一会のほんとうの意味を知った春の夕暮れ。

いちどだけわたしは、大きなアメリカン型の

バイクのタンデムシートに乗っかったことが

ある。

ちゃんと真夜中のハイウェイを

『イージーライダー』よろしくあのテーマ曲が

思い浮かぶようなそんな一夜限りの一晩だけの

ツーリングをした。

イージーライダーのことも彼女から教わった。

どこにいくというわけじゃなく。

仕事が徹夜になりそうだったので、家に帰って

いる暇はないから会社に近いアパートに住んでる

彼女の家にふたりで向かうためにバイクに

乗っていた。

あんまり人を乗っけたことないねんだから、

緊張するよって言った。

逆に緊張するんでしょってわたしはじぶんの

中で彼女のことばを置き換えて言うと、

逆にっていつも言うよな。

ぼんちゃんおかしい。

なんの逆なん? ってでっかいヘルメットを

かぶりながら笑っていた。

ただ、ひとつだけ後ろに乗ってもらう時の

約束事があるからそれだけ守ってねって

彼女は言った。

そうそう。

彼女はスーちゃんっていう名前だった。

○○スー子。

社長から呼ばれている名前がスー子だったから

名刺もそのままだった。

約束事っていうのは、ただなんも考えんで

いいからそのまま座っててねって言った。

ほんで、コーナーを何回か回るかもしれへん

けど、抗わんでいいからこわくないから

そのままでいてねって。

それだけやから、ぼんちゃん大丈夫やわ。

その頃、会社でわたしは全然大丈夫じゃない

状態だったので、ぼんちゃん大丈夫やわって

言葉が違うアングルで沁みていた。

彼女との約束事は、とても簡単そうだったけど。

なにもしないでそこに座っているって、

すごい難しそうだった。

ぼんちゃんなんも難しくない。

ぼんちゃんはなんでもものごとを難しく考え

すぎるって昔言われたことを思い出していた。

スーちゃんはお店の取材がとても上手だった。

そして素直にお店に行きたくなるようなそんな

まっすぐな文章を書く人だった。

わたしはいつかスーちゃんのような飾らない

文章を書けるようになるだろうかって、

いつも憧れていた。

バイクに乗るってむきだしの風に身体をさらす

ことで。

今からそれが始まることを想うととても緊張

したけれど。

わたしは仕事でもスーちゃんを信頼していたし

助けられることも多かったから。

ゆだねた。

足元近くで走り去る車のことも忘れて

スーちゃんが好きなもののことを

考えていた。

スーちゃんが好きなものは笠智衆

大貫妙子ともちろんバイクだった。

笠智衆さんがお亡くなりになったときは、

スーちゃんはご実家まで弔いの旅をバイクで

したよって言っていた。

ご仏前にお線香をあげさせて頂いたんだよって

報告してくれた。

そしてふたりで大貫妙子のライブを最前列で

観たことがある。

わたしが頑張ってぴあの店舗に並び倒した

その甲斐あってとても眺めのいい席を手に

入れることができた。

ふたりはそのライブの日、とても静かだった。

おいしすぎるものを口にした途端に、無口に

なってしまうように、あたたかくしんしんと

していた。

潮風の香るこの街に越してくる前に、わたしは

彼女にさよならも言わずに、黒猫とふたり

新幹線に乗った。

いつもインクや修正液で汚れていた彼女の

ちいさな指や、破れたジーンズや、チーフの前で

叱られるわたしをかばってくれた時のあの声が

ぜんぶ懐かしかった。

そして、あの日はじめてバイクに乗っけて

もらった後。

誰も乗っけてへんみたいにすごい走りやすかった。

めちゃめちゃ上手やん、ぼんちゃんはゆだねるの

上手なんやなってスーちゃんがほめてくれた。

あれはもう何年前のことだろう。

今もスーちゃんはなにか言葉を書いているん

だろうかって思った。

今日、夕暮れ時に信号待ちをしていたら

あの時のスーちゃんみたいなでっかいバイクに

乗ってる女の人がいた。

知らない人なのに、スーちゃんのつもりでその

颯爽とした背中になんだかすごくエールを贈り

たくなっている自分に気づいて、

そんな気持ちになるのもスーちゃんと出会った

ことがそうさせていると思ったら。

一期一会ってなんかすごいことだねって、

逢えなくなってから想うことなんだねって

そんなことを想っていた。

きみは本気 心の果てまで 夢の果てまで
願わくば 風になぐられ もっと遠くへ


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