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彼の身体から、そっと雨の匂いが。

水を寝床としている生き物たちの、ガラス鉢の水を
替えている時、

スマホが鳴った。

「どしてた? 今。平気?」

懐かしいくぐもった彼の声。

「いいよ、今どこ?」

「あ、俺。屋久島

「え? あの屋久島?」

「そうだよ。あの屋久島。雨ばっか。でさ」

彼は、いつもこんなふうに突然電話してくる。
それも、東京にいる時じゃなくて。
いつも旅先からかけてくる。

いつだったかは、

「俺、いま中国。上海にいる。短期留学してみたんだよ」って。

そして、酔っていたのか、

井上陽水の「なぜか、上海」

電話口で歌ってくれた。

そして、屋久島。

「雨に降りこめられてるとさ、屋久島で流した汗はぜんぶ森林浴してる
時の緑の匂いがするんだ。汗腺という汗腺から。からだじゅう森の匂い
にまみれてる」 

「汗の匂いじゃなくて?」
「そう。緑の匂い」

雨に濡れている身体ぜんぶが、ひたひたに溺れそうになってる彼を想う。

わたしの街に、そろそろ催花雨の季節が訪れようとしていた。



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