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【第6話】網膜剥離闘病記 ~網膜剥離になりやすい人の特徴。手術は滅茶苦茶痛い!?~


麻酔をしているのに滅茶苦茶痛い!手術中は痛みとの闘い。

かなりのストレスも、精神安定剤のおかげで意外と冷静。

 鈍角に曲がった細い注射針が右目に近づいてくるのがわかる。そして眼球(正確には眼球を避けている)に刺さった感覚もわかるが、点眼麻酔のおかげで痛みはない。注射針はそのまま眼球の裏側付近まで挿し進み、そこで麻酔液が注入される。
 その瞬間、右目に強烈な痛みを覚えた。今思えば痛みとは違う感覚なのだと思うが、正直、眼球が爆発したと思った。
 しかし「先生!眼球が爆発しました!」とも言えないし、一番僕の目を見て施術しているS先生はなんのリアクションもないのでもちろん眼球が爆発しているわけがないのだが、そう思った数秒後には何の感覚もなくなっていた。
 普段の僕ならばここまででパニックになってゲロゲロと嘔吐しているところだろうが、脳では怖くてビビり散らしているのだけれど、精神安定剤の効果なのか妙に落ち着いてこの手術を俯瞰している自分がいて、5分に1回測る血圧計による右腕の圧迫を目安に手術の経過時間を計る余裕もあった。

手術は進むが、まだ痛みはない。

 手術は進み、結膜を黒目に沿ってぐるっと切開してその隙間から強膜にバックルと呼ばれるシリコンベルトを縫い付け、それを凍結して強膜とバックルを凝固させる。眼球は、一番内側に網膜、その外側に脈絡膜、強膜という粘膜の階層構造になっていて、前面には角膜(黒目)と、白目とまぶたの裏を覆う結膜がある。
 術中に、目を動かしたくなるという絶対にやってはいけないことをなぜか試したくなってしまう変な衝動に駆られたのだけれど、後日同じ術式の動画をyoutubeで見たら、自分の意思とは関係なく眼球を動かす(動かさないようにする)糸が眼内に設置されていて、その糸をグリグリと動かしながら手術をしていた。僕自身は術中ずっと真上を見ていた感覚しかないのだけれど、実際は強制的に眼球を操作されていたらしい。
 そんな大変な手術をしていて、痛みこそ無いがその感覚はあるの中で、やはり安定剤の影響なのだろうか、だんだんと眠気を覚えてきた。ここでも冷静に「こんなに緊張とストレスがかかっているのに、眠くなるなんてなんか不思議だなぁ」と呑気に思う余裕さえあった。だが、そんな感情と眠気を吹き飛ばす工程が待っていた。

最大級の激痛の原因は麻酔が効かない筋肉

 急に眼に激痛が走った。今までに感じたことのない種類の痛みだ。押し潰されるような、逆に引っ張られるような、とにかく生まれてから1回も味わったことのない、“局所的な最上級の鈍痛”という表現が的確かどうかはわからないが、刃物で切るとか、骨が折れるとか、そういう類の痛みとは全く違うもので、とにかく痛い。麻酔が効いているのに、この痛みは異常だと思い、S先生に「強烈に痛いです!」と申告した。するとS先生は表情ひとつ変えず(もちろん表情までは見えないが声色でわかる)「ここは麻酔が効きにくいところなんですよー、ちょっと頑張ってくださいねー」と、ここ一番の棒読みでグイグイ手術を進める。S先生曰く、強膜にシリコンのバックルを巻き付ける際、普段眼球を動かしている筋肉と強膜の間にバックルを通すために器具を使って筋肉を引っ張って持ち上げるのだけれど、その筋肉は麻酔が効きにくいらしく激痛を伴うとのことだった。激痛を受けながらもこの説明を憶えているというのはこれも安定剤の影響なのだと思う。もう網膜剥離なんか治らなくていいからこの痛みから解放してくれとすら思うくらいの痛みだった。

僕にとっては緊急事態でも、執刀医にとってはいつもの光景。

 その工程はしばらく続き、眼球の筋肉を引っ張られるたびに激痛が走り、手はもちろん足の指まで握りしめて耐える。その時、手術室に異常を告げるアラームが鳴り響いた。ストレスなのか、我慢で力んだのか、僕の血圧が爆上がりしたらしい。モニターを観察していた看護師が「先生!」と指示を仰ぐが、S先生は特に血圧の上昇に関しての処置はせず、明らかに面倒くさそうな声色で「アラームの設定値、180超えるまで停止しといて」と、そのくらいの上昇でアラーム鳴らすんじゃねーよと言わんばかりに指示をした。患者の僕としては先生それって大丈夫ですかと不安で更に血圧を上げそうになったが、おそらくよくあることで大した問題ではないのだろうなと理解した。それから激痛が走るたびに「今めっちゃ痛いっす」とS先生に窮状を訴えるが、「そうですねー」と空返事で応えるばかりであまり相手にされなかった。
 手術時間は大体1時間~1時間半程度と手術の予定に書かれていたが、5分毎の自動血圧計は20回以上測定を繰り返していて、僕もそのあたりから時間を計るのをやめていた。

第7話へつづく

#創作大賞2023

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