最古級の出土が実は新しかった件
地方紙記者の朝は早い。地域経済自体が極端な朝型だからだ。
地元のお米が炊けたいい匂い。それから味噌汁。
漬物も頂いたものだ。
朝ごはんはしっかり食べる。記者は何か起こったら食べられなくなるからだ。
とはいえ、この地域に大きな事件などかつてなく、目立った産業もない、これといった観光スポットもない……。
でも、かけがえのない美しい自然がある。昔から変わらない人の営みがある。
物情騒然とした東京から数年前にこちらに赴任してきた僕にとってはそれは何よりのニュースソースに思えた。
全国紙ではなくて地方紙にできることがあるはずだと、それらのことに教えられた気がした。
家を出る。盆地の夏。今日は暑くなりそうだ。猫に挨拶。畦道を通り。鳥たちは歌う。
入道雲。青い空。“山笑う”と言う言葉があるが、大笑いといった緑か。
東京で働いてた頃には着なかった半袖のワイシャツもすっかり馴染んできた。
途中、いつもの馴染みのおばあちゃんの家による、縁側で熱いお茶をご馳走になる。
「この前の『お祭り復活』の記事良かったよ」と言っていただく。
「次は『夏休み特集』でちびっ子たちの取材なんです」
裁判傍聴と警察署廻りのころがはるか遠い昔に今は感じる。
そういえば、ちびっ子たちのヒーロー、ウルトラマンをつくった円谷英二が言ってた。「子供たちに夢は与えても刺激は与えてはならん」と。
とにかく地元に寄り添った紙面を目指そう。
最後の一口を飲み干す。ご馳走さま、おばあちゃん。
「さてと」
膝を叩いて立ち上がったところで携帯が鳴った。
少しいつもと違う音に感じた。
知らない番号だ。
「もしもし」
「あーどうもー〇〇です、記者さんの携帯ですよね」
自分の中の基準よりも明るい声だった場合それは明るい声だという認識になるんだと思う。
名前を聞いて思い出した。以前、ここらへんに数件しかない居酒屋でたまたまいっしょになって話が弾んだあの考古学者さんか。
彼も東京からこちらに発掘調査に来ていて、お互いの東京の話で盛り上がって、その時に僕の名刺も渡してあった。
肩書きでいうと彼は、考古学者であり古生物学者であり人類学者でもありさらに文化人類学者でもあるという人なんだそうだ。ようは物知りだ。
でもそんな彼が何のようだろうか?
「実は記者のあなたにとっておきのネタがありまして」
「ほう、お宝でも掘り当てましたか?」
僕は東京での経験からいいネタだと言うネタには飛びつかないようになっていた。
ただ、こちらに来てからいいネタがあると言ってきたのは僕の歓迎会で僕の余興を考えてくれた幹事と今この彼だけだ。
「お宝、ええ、まあ、そんなところです。このことはまだ地元紙のあなたにしか言っていません」
「すぐにそちらに行きます」
僕のいつもと違う表情を心配してか、おばあちゃんが奥からおやつを持ってきて持たせてくれた、それからもうひとつなにかの貼札のようなものをくれた。
何かと尋ねると、実は今日はこの辺りでは『露顕の日』という特別な日で、古い言い伝えでこの日には人々の日頃隠していた秘密がばれてしまう日なんだそうだ。それで昔の人は絶対にバレたくない秘密の場所にこれを貼ったらしく、その名残のようだ。
なんとなくやな予感があって僕はそれを大事にバッグにしまった。
「じゃあ、行ってきます」
おばあちゃんは手を振ってくれた。
◆ ◆ ◆ ◆
着く頃には汗だくになっていた。
考古学者型で考古学者色の例の帽子を被った、日焼けした顔の彼が手を振っている。
外で会うと実年齢よりずっと若く見える。
観光客は入れないエリアなので他には誰もいない。
彼の前へ来ると、古代の飲み物を勧められたが、色を見て断った。彼はごくごく飲んでいた。
そしてその足元にはブルーシートが何かを覆うように敷かれている。
その下に、例の何かが眠っている、ということか。
“いかにもそうだ”とドリンクを傾げるジェスチャーの彼。
メモを取り出しペンを添える。僕は記者の目で彼を見つめる。
「ではお見せしましょう、言っときますがこれは最古級ですよ」
彼はゆっくりとブルーシートをどけた。
僕は息を呑んだ。本物を見たのは初めてだった。
──ヒト化石。 おそらくはかなり古い。
「彼は我が国の最古級の人類です」
彼はしゃがむと、まるで我が子でも見るような目でその化石を見た。
僕もしゃがみ込んで「間違いないですか」と聞いた。
「捏造を疑っているんですか?確かにこの辺りから出土すると予測した人はいませんでしたし、昔は実際に捏造もありましたが」
「いえ、そういうことじゃなくて……」
僕は学説とかはよくわからない。ただ単に、この骨は間違ってたら警察沙汰になるなと思っただけだ。
そういえば、こういったものが見つかったときにいかに最古級のものであっても一応警察には届けるものなのだろうか。そしてやはり警察の方でも一応、形だけでも事件・事故の両面から捜査するもんなのだろうか。記者としていろいろ取材してきたが知らなかった。
「大丈夫です、安心してください。わたしは考古学者です。新しいのなんて魚の骨も取れないんですから、ハハハ」
彼によると、この化石が他のヒト化石群からとてつもなく離れた距離から見つかったことが大きいとのことだったが、専門的な話は後で聞くことにした。
「では、国内最古級のヒト化石がこの地で見つかるという記事にしてもいいですか?」
「いえ、大事なのはここからです」
僕はメモから顔をあげてその彼を見た。
「ここを見てください、ここ、わかります?」
彼が指でさすあたりに目を凝らす。
「ここですか?」
「はい、ここです。なんとなく、うっすらと、あるのわかりますよね」
「んー、そう言われれば、うっすら……」
「おそらくこれはですね、驚かないでください、実はこれは“最古の人間関係リセット症候群”の痕跡なんです。新しい発見なんです」
「……」
僕はペンを落としてしまった。朝の早い時間帯にはないタイプの刺激だ。
「あ、ここにも、ほら、わかります?」
「ちょっと素人目にはわからないですね」
わかるわけなんかない
最古の人間関係リセット症候群の痕跡と言われても……
SNSなどで繋がりすぎた現代人がときどきなるらしいそれに、このヒトは何万年もまえに陥っていたというのだろうか。
当時のコミュニケーション能力の水準を踏まえて考えるとなんか泣ける。いろいろあったんだとは思う。
僕も東京からこちらへ来る時少なからずそれに近いことをした。
この現代に出土したのも何かの因縁だろうか。
物議を醸しそうだった。汗でメモした文字が消えてた。
学者先生はそのあとも、堆積層の化学成分を分析したら……天変地異があったことがわかり……人類は2度目の絶滅危機を迎えたのではないか……彼のDNAを日本人の多くが引き継いでいることがわかれば……などと推論を展開していたが、僕はほとんど聞いてなかった。
たくさんのセミが大音量で鳴いていたことにその時気づいた。
これは僕の手に余るネタだ。
それに
もしこの“ヒト化石の彼”が本当に最古の人間関係リセット症候群の人類だとしたら、
例えばネットニュースになったりして拡散されて心ないコメントがついたりするのは堪え難いだろう。
僕は深く同情せずにはいられなかった。
この件は、いずれ誰かが記事にするだろう。
それが僕でなくていいし
僕にそれはできない気がした。
バッグから貼札を取り出し、そっとその場において立ち上がり、その場を後にした。
終
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