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廓寥の世界

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物憂げでちょっぴり苦しい人々の物語。
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記事一覧

廓寥の森

 小さくついたため息が辺り一面に広がる。

 手に触れた草花が皮膚に突き刺すような感覚を残したと思えば、暁闇に染まる空に一粒の光が浮かぶ。

 恒星と見紛うほど耿々としているその一粒の光がなんなのか、最初分からなかった。未だに空は夜更け前の闇に埋もれている。この空は現実であるのか、はたまた夢まぼろしの類であるのかは自分でも分からない。

 ただ、頭蓋に全ての重力が掛かっているような痛みが伸し掛かる

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祈りを

貴方に儚い灯火を渡そう。
僕は持っていた蝋燭を吹き消して、真っ暗な中、誰にも気づかれぬように笑った。

足元には大量の液体が足底を舐めるように散乱し、自らの軀を侵食するように犯していく。
何か、何かが軀から抜けていく。それはいくつかの光となって、自らの軀に視線を落とすのだ。

僕はというと、大粒の涙を持って貴方の名前を呼ぶ。
必死にすがって、執着してきたが、結局僕は貴方とは異なる末路を歩むことにな

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何度目の暗澹

暗闇が俯くように僕を見ていた。
まさに岩窟の如き異界の手前に立ち尽くす僕は、あまりにも無力だった。

その異界は、僕を嘲笑うように口を開けている。そして、その中にはぼくがいた。

「ほら、僕、おいでよ」

「ぼく以外いないよー」

「ぼくは、僕だよー」

異界のぼくは何度もそう口走る。
一瞬、それが何を指し示しているのかわからなかったけど、真っ暗な世界とぼくのコントラストにより、その異界が示す

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螺旋の紅葉

 一瞬にして僕は落ちていく。どこまでも落ちていく。
降りていく最中に視界に入ったのは、何度も見た気がする紅葉の群れである。
 確か僕は、社会性を持った空間から離脱するような苦痛を持って、僕は木から地に伏せる紅葉の片鱗を眺めている最中だった。
 たった一瞬、降りる紅葉と目があった瞬間、僕はそれに引きずり込まれたのだ。永遠を彷彿とさせる一瞬の隙間に映えた赤色が妙に視線を朧げにしていき、最終的に僕は、不

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最果ての海へ

沈みゆく身を呆然と眺めていた。
いつの日か感じた水泡の壁が今、僕の体を包み込み、永久を知らしめる死を感じさせるのだ。

苦し紛れに放った声はいつも届かない。
その声がどんなものであったかさえも僕にはわからない。ただがむしゃらに響かせる声は、何かを求めるものばかりだった。

僕は死ぬのだろう。この海の底で眠っているということは、そういうことだ。
自ら身を投げることで完結する人生ならば、少なくとも貴方

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絶命の森唄

震える指先で、僕は最期の声をなぞった。
消えていく音の群れに小さく笑いかければ、貴方が僕のことを見てくれているような気がして、一抹の不安すら溶けていく。

深き森に寝転がって、僕は唄う。
貴方との約束の唄を、何度も呟くように。

美しく揺れる貴方の体と、僕の体は何度も繋がっていた。しかしそれは一瞬で消えてしまい、たった一人残された僕の感情は徐々に蠢きを止めていた。

思い出すのは、貴方の最期。

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近く、ひと

今日世界は終わるだろう。しかし誰もそれについては恐れていない。なぜなら誰も知らないから。恐らく知っているのは私と、存在しない「貴方」という存在だ。

「貴方」は言う。
我々を思考することしかできないと思うばかりに、私は貴方という特別な存在を喪ってしまう。

私にとって、「貴方」の言葉は極めて重い一言で、純粋に求めていた貴方への切望はやがて薄汚れた欲望へと転化していた。私を含め、多くの人間がそれを知

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果てに咲き誇るもの

満ち足りた世界だった。無限に続くかのような地平線に重なった手のひらを、私はそっと貴方に渡した。

私は貴方を知らない。恐らく貴方は、人間というものでありながら、私とは異なる解釈を生きるものなのでしょう。
私とは違う眼球、違う脳、違う心臓、どれを取っても貴方は私とは違う。悲痛な蠢きを見せる貴方の躰たちは、私の手を求めているのでしょうか。

今、眼前に横たわっているのは、愛しき貴方です。貴方は表情を

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廓寥の匣

目の前の箱は、僕にとって極めて小さな世界だった。苦しく存在している水や木々、美しい向日葵の花弁、そして僕という仮初めの太陽と、何も知らずに無邪気な笑みを浮かべる君の瞳が、幾千もの灯火となりて僕の身を爛れさせる。

一種の激情だった。貴方にしかいない箱庭(せかい)で、貴方を独り占めしたいという浅はかな願いが、眼前に広がる最悪の世界を作り出したのだ。
貴方さえいなければ、僕は愚かな自分を「太陽」だと

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