最果ての海へ
沈みゆく身を呆然と眺めていた。
いつの日か感じた水泡の壁が今、僕の体を包み込み、永久を知らしめる死を感じさせるのだ。
苦し紛れに放った声はいつも届かない。
その声がどんなものであったかさえも僕にはわからない。ただがむしゃらに響かせる声は、何かを求めるものばかりだった。
僕は死ぬのだろう。この海の底で眠っているということは、そういうことだ。
自ら身を投げることで完結する人生ならば、少なくとも貴方は隣にいないでほしい。その願いが叶ったことが、僕はとても嬉しい。
でもなぜだろう。そこはかとなく漂う貴方の香りがどうしようもなく愛おしくなるのだ。
自ら望んでいたこととは逆行する心の働きは苦しくも暖かい形相を呈していて、誰もいない深海の世界の輪郭を歪めていく。
気づけばそこは、海などではない全く別の異界へと変貌していた。
一言でそこを形容すれば、枯れ果てた湖である。
ありとあらゆる生命の死を彷彿とさせる死んだ湖は、地平線を食らう勢いでのぼっていく太陽から光を沢山注がれ、朽ち果てながらも力強い生命力をはらんでいるように見える。
先ほどまでの、光すら届かぬ深海とは裏腹に、この世界は生という概念をかなぐり捨てて、勇猛な生命力を手にしたようだった。
僕はそれに酷く魅せられた。
いずれ朽ちていく勇猛な生命力と、死んだ世界の断片のような枯れた湖のコントラストが眼前に迫っていて、背反的な躍動と無限に近い生と死の乱立をみせる。
これそのものが一つの世界観として確立して、そして隔絶されているような空間に放り込まれた僕は、感嘆の声をあげ、ゆっくりと枯れた湖に寝そべった。
この世界にいれば、僕という小さな個人すら薄らぎ、獰猛な食物連鎖に組み込まれた一つの存在となれるような気がした。
そう、小さき悩みすらもその躍動に食まれてしまう。
僕が想う貴方のことも、讃えるように答えてくれるのだ。
忘れ去られるものではない。それすらもこの躍動の一つとして組み込むように、枯れた世界を変形させるのだ。
きっと貴方への想いが叶うことはないでしょう。それでも、僕はきっと、貴方の傍にあることを願うでしょう。拒絶を引き換えにするほど、僕は強くないから、何も言わずに貴方とともあることを望みます。
闇にまみれた深海ではなく、僕は貴方への想いとともに生きる。この太陽の光はそれを暗示していたのだ。
「おーい、まだ寝てんのかよ」
ふと、小さな声が聞こえてくる。その声は僕が最も愛したトーンと話し方である。
あぁ、今日も貴方の声で、貴方への想いを振り切るのだ。それは僕にとってとても残酷なものなのだ。
そう想うたびに、僕は目指してしまう。
あの最果ての海を。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?