結城 刹那

物書き。noteにて短編小説を掲載中です / 受賞履歴 / 第1回ノベルバ・ショート…

結城 刹那

物書き。noteにて短編小説を掲載中です / 受賞履歴 / 第1回ノベルバ・ショートストーリーコンテスト 大賞 / 第196回 超・妄想コンテスト「また会えたね」 準大賞

最近の記事

イン・モラル

 1  ピンポーン。  大学の友人である飯島いいじま 優奈ゆうなの家で宅飲みをしていると、忽然と部屋にインターホンの音が聞こえてきた。 「優奈、出なくていいの?」  目の前にいる優奈に問いかけると、彼女は強張った表情で私を見た。  瞳孔はいつもより開いており、唇は微かに震えている。彼女は明らかに怯えているようだった。 「何かあったの?」  「実は……ここ最近、知らない誰かにつけられたり、家まで来られたりするの。来られるだけならまだしも、ごく稀にインターホンを鳴ら

    • 不幸中の幸甚

       1  改札を出ると先ほどの曇り空が嘘のように晴れ渡っていた。  太陽の光が街を明るく照らす。まだ冬の体に馴染んでいる俺の体は今朝の寒さに対してコートで防寒していた。    しかし、日差しの暖かさからして不要になりそうだ。ボタンを外してコートを脱ぎ、左腕にかける。そのままの動作で左手首につけられたスマートウォッチを操作し始めた。  マップを開き、目的地を設定する。現在地から目的地への最適行路をシステムが判定し、マップに情報が映し出される。同時に俺の視界には黄色いレールが敷

      • 優しさの理由

           1 「賞状。優秀賞。雪鷺 広香(ゆきさぎ ひろか)。貴殿は第6回高校生ナショナルアートワークスに於いて頭書の成績を収められました。依ってここに栄誉を称え表彰致します。令和7年8月24日。NPO法人。世界美術文化振興協会。会長下田晴之(しもだ はるゆき)。おめでとう」  校長先生に差し出された賞状を、私は両手で持つと、礼をして受け取った。そのタイミングで全校生徒数百人から拍手が送られる。体育館に響き渡る甲高い音は聞いてて心地よかった。  両手で持った賞状を片手で抱え

        • 親ガチャリセットマラソン

           1 「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。  だが、すぐに我に帰ると再びキリッとした声で目の前にいる彼を案内する。 「では、いつもの通り、二階の『意識仮注入室』へとお行きください」  彼女の案内に彼は頷くと横へ逸れ、階段の方へと歩いていった。彼の表情は終始青ざめており、彼女の話を聞いていたのかすら怪しい様子であった。まあ、そのおかげか彼女の楽しげな声に反応しなかったのは、こちらとしてはありがたい。 「ふー、危ない危ない」  俺の横に座る彼女は冷や汗

        イン・モラル

          メンタルパンデミック

           1  教室には重くどんよりとした空気が流れていた。  仕方がない。今日の天気は雨。太陽の当たらない暗い世界は私たちの気持ちを沈ませる。負のオーラが教室全体に浸透し、みんなの気分を落ち込ませている。 「みんな、おっはよーー!」  私は扉の前でみんなに向かって元気よく挨拶をした。前の席にいる人たちが私を見る。彼ら一人一人の名前を呼んで挨拶をしながら私は自分の席へと歩いていった。どんよりと沈んだ雰囲気を見せていた彼らだが、私に挨拶を返すときはパッと晴れやかな表情を見せる。

          メンタルパンデミック

          表情観察感情読取機『Refa(リーファ))』

           1 「入江、ノートサンキュー。やっぱ、天才は頼りになるわ。また宿題が出たら貸してね」  そう言って、クラスメイトである星野 愛羅(ほしの あいら)は俺にノートを渡した。サンキューと言いながらも、彼女の笑みから読み取れる彼女の感情は『無関心』だった。俺からノートを借りるのは当たり前だと思っているみたいだ。  星野は自分の友達のところへ行くと彼女たちの会話に混ざる。その時の星野から読み取れる感情は『幸福』。俺にお礼を言った時に見せた笑みと今の笑みは雲泥の差だった。  雲泥

          表情観察感情読取機『Refa(リーファ))』

          究極の家電製品

           1 「ただいま」  玄関の自動ドアが開くと、誰もいない自分の家に向かって俺は挨拶をした。 「君彦、おかえりなさい」  誰もいないはずだが、耳には確かに誰かが俺の挨拶に返事をしてくれる声が届いていた。  初めて俺の家に入ってきた人はきっと『ホラー』だと思うだろう。だが、ここに住んで1ヶ月の俺としては別に怖がることはなかった。  なぜなら、先ほどの声は自動ドアのセンサーによって、俺が帰ってきたことを知ったAIが言った言葉だからだ。  靴を脱ぎ、廊下を歩こうとすると廊

          究極の家電製品

          部分的記憶除去システム(Remove Part of Memory System)

           1 「では、これから部分的記憶除去に入ります。辛い治療になりますが頑張ってください」  私は目の前にいる少年の手をしっかり握りしめる。今の彼にとって、私という存在が命綱となっていることだろう。それを示すかのように、握った少年の手はとても冷たく震えていた。  両腕、両足、腹部を椅子に固定し、目にはVRゴーグルのような装置を取り付けている。装置の先端はさらに別の装置につながっている。別の装置は少年を取り囲むように設置されており、少年はまるで機体の操縦室にいるかのようだった

          部分的記憶除去システム(Remove Part of Memory System)

          言葉抽出装置

           1  カクテルパーティー効果を知っているだろうか?  カクテルパーティーのような騒がしい場所であっても自分の名前や興味関心がある話題は自然と耳に入ってくるという心理効果のことを言う。  その効果に類似した機能を持つイヤホンを、今俺は耳につけている。  折りたたみ財布サイズのイヤホンケースにアルファベットの刻まれたキーボードが付けられており、入力するとスクリーンに文字が表示される。  イヤホンは半径1キロメートル以内で聞こえた声を収集し、その中に入力した文字を発した声が

          言葉抽出装置

          身体交換

           1 「悠人、お前な……何で福山さんのバッグにカマキリなんて入れたんだ?」  閑散とした廊下に流れる穏やかながら怒気の孕んだ声。目の前にいる先生の表情は強張っており、自分の中にある怒りをあらわにしている。  ふと視線を移し、ドア越しにクラスの様子を見る。自分のことでもないのに怯える生徒、怒られている俺を見ながら内緒話をする生徒、他人事のように勉学に励む生徒と多種多様な動向が見られる様は面白いものだった。 「おい、悠人! 聞いているのか!?」  先生が語気を強める。反

          ロボットペット『ROBET(ロべット)』

           1 「どうしたものかしら?」  平日の晩、仕事帰りの夫に私はとある相談を持ちかけた。  先月、母の愛猫であるミーが亡くなった。15年間可愛がっていただけあってミーの埋葬時、母は大粒の涙を流していた。母の涙を見たのは祖父が亡くなった時以来だ。  父もまた、1年前に老衰で亡くなった。それから母はミーとともに家でゆったりと過ごしていた。父が亡くなってもなお、母が元気でいられたのはミーがいたからだろう。そのミーが亡くなった今、母はすっかり生きる気力をなくしてしまった。  何

          ロボットペット『ROBET(ロべット)』

          デジタル義肢『EAL(エアル)』

             1  机の中に入れた教科書を取り出し、カバンへと入れる。  一ヶ月前に比べて、手の感覚には慣れてきたものだ。僕はそう思いながら、教科書を掴む自分の手に目をやった。  神経の通らない模造の手。肌色に塗られ、人間に模されたデザインで作られたその手は一見したら本物の手と相違ない。しかし、夏服をめくった時に見える模造の腕と僕の腕の境目から手が僕のものではないと言うことが誰にでもわかる。  だから極力、袖がめくれないように細心の注意を払って動作する。  とは言ってももう遅い

          デジタル義肢『EAL(エアル)』

          VRダイエット

           1    私、有馬 京香(ありま きょうか)はダイエットに失敗した。  体重計に立った私は自分の体重を前に絶句した。現実から目を逸らしたかったが、視線は引力に逆らうことができず、画面の数字へと注がれる。  68.5キロ。身長が160センチであるため、64キロを超えると肥満になる。ダイエットに失敗したことで落ち込んだのはもちろんだが、私が衝撃を受けたのはそれだけではない。    ダイエットを始める前の私の体重は66キロだった。つまり、ダイエット以前と以後で2.5キロも増えて

          VRダイエット

          ブロック・ヒューマン

           1 『おはよう、和紗』  朝のホームルーム。ボーッと教壇後ろのスクリーンを眺めていると人影が挨拶をする。暗喩しているわけではなく、本当に『人影』なのだ。人の姿をした全身真っ黒な人物。人影の前にはゲームで見る『メッセージウィンドウ』が付けられている。  古谷 幸(ふるや さち)と書かれた名前とともに彼女の口にした挨拶が記載されている。私はその人影の言葉に挨拶を返すわけでもなく、横にある窓から外の景色をみた。  周囲を気遣う必要はない。彼らに幸の声は聞こえていない。私に向

          ブロック・ヒューマン

          夢辿想起(むてんそうき)

           1  真っ暗の視界の中、確かに感じるのは自分の意識だけだった。  肌を包み込む冷たい感覚。無音の静寂があたりを包み込む。  もう何度も見てきた光景を僕は今日も目の当たりにする。  明晰夢。『自分は夢の中にいる』と自覚できる夢を指すらしい。  僕はある日を境に寝るたびに明晰夢を見る。それも内容がいつも同じ明晰夢だ。  閑散とした暗闇の中、まるで宇宙にいるかのように体が浮ついている。    この暗闇が一時的に続く。最初のうちは酷く困惑し、恐怖していたが、最近は時間に任せるよ

          夢辿想起(むてんそうき)

          プロセルフ・アート

           1    閑散とした暗い空間に響き渡る摩擦音。  かれこれ十数年という長い年月聞き続けた馴染みのある音だ。  音を奏でるペン筋とスクリーンを凝視しながら、私は線を引いた。私の手の軌跡を追うように生成される黒いインク。それが、一瞬にして消える。描いた線に納得が行かず、『逆戻り』の操作をした。  もう何度同じ動作を繰り返してきたことだろう。  かれこれ一時間もの長い間、私はたった一筋の線を描くのに手こずっていた。まるで私だけ時間が止まったような感覚だった。 「ピコンッ」

          プロセルフ・アート