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VRダイエット

 1
 
 私、有馬 京香(ありま きょうか)はダイエットに失敗した。
 体重計に立った私は自分の体重を前に絶句した。現実から目を逸らしたかったが、視線は引力に逆らうことができず、画面の数字へと注がれる。

 68.5キロ。身長が160センチであるため、64キロを超えると肥満になる。ダイエットに失敗したことで落ち込んだのはもちろんだが、私が衝撃を受けたのはそれだけではない。
 
 ダイエットを始める前の私の体重は66キロだった。つまり、ダイエット以前と以後で2.5キロも増えてしまったのだ。
 きっかけはおやつ程度に食べたプリンからだった。ダイエットを行った直後は順調に減量をさせることができていた。

 しかし、数ヶ月も食事制限を行っていたため私の身体は限界に達した。ほんの少しだけなら大丈夫だろうとおやつ程度にプリンを食べた。それで増えることがなかったため、もう少しなら食べても大丈夫だろうとおやつの量が日に日に増えていった。

 それに比例して体重の減量値は小さくなっていった。まずいとは思いつつも、おやつを止めることはできなかった。それだけ食事制限でストレスが溜まっていたのだろう。減量していた体重は見る見るうちに増量へと切り替わり、気がつけば体重は元に戻るどころか増えてしまった。

 体重計から降りると、私は人知れず、下着のまま洗面所に崩れ落ちるように膝をついた。
 数ヶ月間の努力がプラマイゼロ、むしろマイナスに繋がったのはかなりショックだった。

 ****

 洗面所を出た私は気を落ち着けるためバラエティ番組を見ていた。
 Tシャツだけ着用し、下は未だに下着のままだ。一人暮らしのため問題はなかった。それにこんな夜に人が来るはずもないので、気にする必要はない。

 目の前のテーブルにポテトと鶏肉の入ったフードパックを置き、口にする。
 いまさら食料制限をしたところでどうにもならない。だからこそ、何も考えずにただ食べることに集中していた。ポテトの美味しさにダイエットのことなどどうでもいい気持ちになった。

 テレビを見ていると運命の悪戯とでもいうべきだろうか番組はダイエットに関してのものに切り替わる。私は犯した過ちを突かれたようで何だかいたたまれない気持ちになった。
 
 内容は某芸人がダイエットを行った過程と結果を紹介するといったものだった。
 もうダイエットの話は懲り懲りだ。そう思った私はリモコンを使ってチャンネルを変えようとした。

 しかし、リモコンが近くにない。顔をキョロキョロさせ、リモコンを探す。見つけたのはテレビの横だった。テレビまで歩いていくのは面倒くさい。仕方なく私はダイエット番組を見ることにした。ポテトを食べ終わり、今度は鶏肉へと手を付ける。

 自分のことを棚に上げて、ダイエット成功者かの如く番組のレビューをする形で視聴することに決める。でなければ、自分が惨めになると思ったのだ。

 同じ体重の芸人が四人いて、各々が別々のダイエット方法を試すこととなっていた。その中で誰が一番体重が減ったのかを競うものだった。

 一人目は『食事制限と運動の組み合わせ方式』。
 私が挑戦したのと同じものだ。これは失敗したもののため話半分に鶏肉を食べた。失敗した身であるが故に、大柄な態度でダメ出しするように解説にツッコミを入れる。

 二人目は『運動のみを重点的に行う方式』。
 食事は気にせず、激しい運動を行うことでダイエットするというものだった。激しい運動の見返りとして食にありつける方式を取ることで意欲を増加させるという。食事制限込みでの運動でへばっていた私には縁遠い方法だ。

 三人目は『科学技術を使う方式』。
 食事、運動は気にせず、マッサージや化学薬品を使ってダイエットを行う方法だ。莫大な金額がかかるが、その分特に苦労することなく痩せることができる。低給料の私には到底できない芸当だ。

 私は手についた油をウェットティッシュで拭きながら落胆する。私の挑戦していたダイエットで成功できなかった今、何に手をつけても決して痩せることはないらしい。
 こうなったら、もうやけだ。

 三つほど食ったところで残りは取っておこうと思ったが、四つ、五つと勢いよく口に入れる。痩せることができないのであれば、気にせず食べることとしよう。
 絶望した私は逆に吹っ切れて、より太る道を目指すことを胸の中で誓った。

「では、続いて四人目は……」

 司会者の人が四人目の紹介を促すとダイエット方法の説明が始まった。

「僕が試したのは『VRダイエット』です」
「「「「「VRダイエット?」」」」」

 ひな壇と司会者の全員が繰り返す言葉を、私も彼らに混ざるように口にした。
 聞いたことのないダイエット方法だった。字面だけでなんとなく察することができた私はダイエットの説明に釘付けになるようにテレビを見ていた。

 好きだった鶏肉に差し伸べる手が止まり、ただただ神経をテレビのみに向けた。
 私は期待感を高め、最後の四人目が試したダイエット方法の説明を聞いたのだった。

 2

「はあーーー!!」

 目の前に佇む『ホーン・ラビット』と名前の表示された耳の間に金色の角が生えたウサギを剣でなぎ払う。満タンだったホーン・ラビットの体力ゲージが一気に削られていく。ゲージの色が緑色から黄色、そして赤色になり、最終的には空になる。

 ホーン・ラビットは身を光らせると光子となって静かに消えていく。その後、素材やアイテム、そしてお目当てである『コイン』が出現した。それらはホーン・ラビットを倒した私の元へと吸収される。

 メニューバーを覗くとコインの所持額が上がっているのが伺えた。
 初めてVRMMOと言われるものをやってみたが、中々楽しいものだ。これはみんながハマるのも納得できる。

 一定の所持額が貯まったところで私は草原から街へ戻るため、メニューバーからリープ機能を発動する。これは指定の場所に行くことができるスキルだ。
 指定場所として街を選択すると、視界が真っ白になり、すぐに目の前に町のシンボルとなる噴水が現れた。

 街に戻ったところでステーキを焼いていたお店へと歩いていくことにした。草原へ出る前にこの街の店を一通り下見をしておいたのだ。

 昨日、バラエティ番組で見た『VRダイエット』なるものを私は早速始めることにした。
 VRダイエットはその名の通り、食事制限する代わりにそれに関するストレスをVRMMOの料理で補うと言うものだ。

 五感を刺激するだけのVRではどんな料理を食べたとしても、味だけを堪能できて自分の体に摂取されるカロリーはゼロ。つまり体を気にせず自由に食べることができるのだ。
 テレビの情報曰く、VRで料理を食べさえすれば、現実世界に戻ってきた時に『お腹は減っているが、食欲はあまりない』という状況になるらしい。それにより、食事制限ができるようになるという。

 まだ私は試していないため本当なのかどうかはわからない。
 ひとまず今はVRMMOで食べることのできる料理の味を楽しみにすることにした。
 料理を食べるためにはクエストを達成したり、モンスターを倒すことで得られるコインが必要だった。

 最初は面倒に思っていたが、やってみると案外楽しく、モンスターに攻撃を食らわせた時のエフェクトは日頃たまったストレスを解消させてくれるほど清々しいものだった。

 私はルンルンと鼻歌を奏でながら店へと入っていく。
 モンスター討伐という重労働を終えた後の絶品料理。それはさぞかし美味しいことだろう。

 店は多くのプレイヤーで賑わっていた。テーブル席でビールを飲んで話す客。カウンターでワイン片手に静かな時を過ごす客。大量の食器を前に積んで食べることに勤しむ客と多種多様だ。

 彼らが机の上に置いている料理は全て美味しそうで思わずよだれが垂れそうだった。
 私は空いているテーブル席に座ってメニュー表を見た。メニューはパネル式となっており、ボタンを押すと注文が完了されるそうだ。

 ひとまず、美味しそうなのを片っ端から注文することにする。
 厚切りステーキ、ハンバーグ、スパゲッティ、ドリア、ポテト、ムニエルなどなど。
 何にしようかと悩んでいると注文した料理が出てくる。その瞬間、私の所持金が減った。

 どうやら、注文して料理が運ばれた瞬間に出てきた料理の代金が所持金から引かれるようになっているらしい。
 料理がやってきたため、注文するのを一時的にやめて食べることに専念する。

 まず最初にやってきたのはミートスパゲッティだ。テーブルの上に盛られたスパゲッティを見て、思わず口元が緩んだ。熱々でトロトロになったトマトソースが、麺にからみつき、鮮やかな赤と黄色の組み合わせが目を楽しませてくれる。

 フォークを手に取り、ひと口すくって口に運んだ。そこには、柔らかくもちもちとした麺の食感にトマトソースの酸味がじんわり広がる。五感を刺激されただけなのに、実際に食べているような妙なリアルさがあった。

 食べる前に匂ったニンニクとオリーブオイルの香り。どうやら、このパスタにはニンニクとオリーブオイルがたっぷりと使われているようだ。フォークを回して麺をからめ、もう一口すくった。ニンニクの香りとオリーブオイルのコクが、トマトソースの酸味と相まって、深みのある味わいを生み出していた。

 続いてやってきたポテト、ハンバーグ、厚切りステーキ、ドリア。末てが鉄板の上でジュージューと音を立てている。油がしぶきを上げ、飛び散る。見た目はリアルの店でよく見る料理だ。

 厚切りステーキをナイフで切ると中に溜まった肉汁が鉄板へと流れ込む。湯気を立てる肉に特製のソースを絡め、口へと入れる。噛みごたえは柔らかく、噛めば噛むほど口の中に肉汁が広がっていく。

 ステーキに合わせたソースは、フルーティーな香りがあり、スパイスがほどよく効いていた。ソースをかけた肉は、より深みのある味わいを生み出し、私を魅了させた。二つの料理をいただいただけでも、満足感は計り知れなかった。

 しかし、料理はまだまだやってくる。
 私はそれからも大いに多種多様な料理を堪能することにした。

 ****

 すっかりVRMMOを堪能した私は現実世界へと帰ることにした。
 ログアウトボタンを押し、ヘルメットを外す。始める前は真上にあった太陽はすっかり西の空へと沈みかけていた。

 ベッドから起き上がるとお腹が鳴る。何も食べていない私の体は食を求めていた。だが、意外にも私自身の食欲はそんなにない。先ほど大いに堪能したからかすっかり料理に飽きてしまっていたのだ。

 夕食はどうしたものかと冷蔵庫を開ける。サラダを取り出し、いただく。先ほどまでこってりしたものしか食べていなかったからか、今まで嫌っていたサラダを美味しくいただけた。

 お腹も少し満たしただけで満足している様子で、お腹が減ったと言う感覚はなくなった。今日一日試してみたが、これはもしかすると効果があるかもしれない。流石に夕食サラダ一つというのも何だか味気がない。次はもう少しVRMMOでの食事を抑えるとしよう。

 私は今日の経験を生かし、リアルとデジタルでの食生活について計画を立てることにした。

 3
 
 四ヶ月の時が過ぎた。
 私のデジタルでの食生活は充実し、最初に買ったVRMMOの料理はおろか、他に発売されたVRMMOの料理にも手を伸ばすようになっていた。

 様々な世界で提供される料理は、それぞれが独特な匂い、食感、味を醸し出していた。私はゲーム内における自分の行動範囲を広げつつ、寄った街で提供される料理は一通り手をつけることにしていた。

 そして、様々なゲーム及び様々な街の料理を食べ比べることで『甘いものが食べたい場合はどこに行くべきか』、『たくさん料理を平らげたい場合はどこに行くべきか』を自分の中で決めていた。

 まるで自分の中のフルコースを決めるような感覚で、私はとても充実したデジタル食生活を行うことができた。また、料理を食べたいという欲求のおかげか、ゲームの操作技術は大いに上がり、レアアイテムも多くを所持することができた。

 そのためゲーム内で猛者が集まるグループに所属することに成功。彼らと行動を共にする利点はボスモンスターが稀に落とす高級な食材をゲットできる可能性があることだ。それを街にいる一流の調理師に依頼することで、高級料理を召し上がることができる。

 もちろん、VRの技術だけではない。
 目的であるダイエットも順調そのものだった。

「よしっ!」

 私は体重計に乗り、自分の体重に目をやると思わずガッツポーズをとった。
 56.2キロと数値が記載されている。ダイエットにおける理想のペースは自分の体重の5%減だ。それを目安に、一ヶ月目は3.5キロ。二ヶ月目、三ヶ月目は3.0キロ。四ヶ月目は2.8キロ減量することに成功した。

 160センチの女性の標準体重は56.3キロなので、私は無事、標準の女性と同じ美貌を手にすることができた。腹回りも四ヶ月前と比べれば、細くなったように感じる。唯一の汚点としては『筋肉がほとんどついていない』と言ったところだろうか。

 これに関しては、リアル世界での筋トレが必須事項になるので、私には到底できなさそうだ。落ち込みはするものの、目的であったダイエットには無事成功したのだ。それに、充実したデジタル食生活を手に入れた私はもう太る心配をする必要はないだろう。

 最近はデジタルでの豪華な食生活に慣れ過ぎたせいか、今まで好きだったリアル世界の肉類や炭水化物をあまり好まなくなってきた。そのため、完全に腹の中に入れるだけの作業となり、味わって食べるのはデジタルの料理で行うようになっていた。

 だからこそ、もう太ることはないと自負している。
 上機嫌になり、鼻歌を歌いながら私は部屋着へと着替える。洗面所を出て、リビングを出るとパソコンの前へと座った。

 スリープを解除すると、画面にサイトが映し出される。画面上部にある通知の有無を知らせる鈴のマーク。その右上に赤色の光が灯る。通知の内容を確認すると、誰かが私のブログをお気に入り登録とコメントをしてくれたみたいだ。
 
『紹介していただいたお店を今日食べに行ったのですが、めちゃくちゃ美味しかったです! これからもおすすめのお店の紹介を楽しみに待っています!』
 
 私はコメントを読み、思わず口が綻んだ。
 VRMMOでの食生活に満足していた私は、他の人たちにもこの魅力を教えてあげようとブログを立ち上げた。

 ブログには、私のおすすめのお店や料理、食材を紹介している。
 お店や料理に関しては、どのゲームのどの街にあるものなのかを載せ、ゲーム内で撮った写真と食べてみた感想についても掲載している。

 食材に関しては、どのモンスターやクエストを攻略するとゲットできるのか。また、モンスターの場合は倒し方や有利となるアイテムを紹介している。クエストの場合は何人いると有利かなどの攻略法を載せている。
 
 さらに、新しく赴いた店で出てきた料理のレビューも食べるたびに載せていた。今反応のあったものもその類のレビューに対してだった。数多くの料理を堪能している私のレビューは多くの人に反響があった。
 
 ブログの収益はここ一ヶ月で凄まじく上昇し、このまま頑張れば本業としてやっていけるレベルかもしれないと考えたものだ。今はまだ副業程度の稼ぎとして、更新を続けている。
 
 近々、動画サイトに食事風景を投稿することも考えている。VRMMOの世界では写真を撮るだけでなく、動画の撮影もできる。現在も多くの動画配信者がVRMMOでの冒険の様子を動画サイトに載せている。

 パソコンに目を通していると、パソコン横に置いてあったスマホから通知が飛んでくる。
 画面には配達業者からの『配達完了』を告げるメッセージが表示されていた。

「おっと、来ました、来ました!」

 パソコンをスリープにして画面を閉じる。スマホを手に取り、ポケットにしまうと玄関へと足を進めた。靴を履かずに扉を開けると視界に段ボールが映り込んだ。それを手に取って再びリビングへ歩いていく。テーブルに置いてあるハサミを使って、段ボールを開けると中からはゲームソフトが出てきた。

 本日新しく発売したVRMMOのゲームだ。買った目的はもちろんゲーム内のデジタル料理を食するためだ。副業で稼いだお金のほとんどは新しいVRMMOゲームを買うために使っている。少しでも、皆からもらった収益を還元できるようにしているのだ。

「さて、早速初めていきますか!」

 ゲームソフトを装置にさすと私はヘルメットを頭へと被せた。
 今度はどんなデジタル料理と出会えるのか私は胸をときめかせながら、ゲームの世界へと没入した。


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