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ロボットペット『ROBET(ロべット)』

 1

「どうしたものかしら?」

 平日の晩、仕事帰りの夫に私はとある相談を持ちかけた。
 先月、母の愛猫であるミーが亡くなった。15年間可愛がっていただけあってミーの埋葬時、母は大粒の涙を流していた。母の涙を見たのは祖父が亡くなった時以来だ。

 父もまた、1年前に老衰で亡くなった。それから母はミーとともに家でゆったりと過ごしていた。父が亡くなってもなお、母が元気でいられたのはミーがいたからだろう。そのミーが亡くなった今、母はすっかり生きる気力をなくしてしまった。

 何とか母に元気になって欲しいとは思うものの、家計を支えるため週5でパートをしている私には彼女のそばにずっと居るということはできない。

 新しくペットを飼うにしても、今の母の年齢を考えると、彼女の方が先に亡くなってしまうだろう。今住んでいるマンションはペット飼育禁止のため、母が死んだ後にペットを引き取ることもできない。

 何か他にいいアイデアはないものかと考えたが、私には思いつかなかったので、夫の協力を頼む事にした。

「うーーん、うちに住んでもらうというのはどうだ? そうすれば、ある程度は面倒見ることはできるし」
「そうね。でも、母さんは嫌がると思うわ。もう何十年も住んでいる家を手放すのは、母さんにとっては気がひけることだと思うし。あなたで良ければ、母さんの面倒みてあげられない?」

 私のパートは基本的に平日2日休みだ。夫は休日2日休みのため二人合わせれば、4日間母と一緒にいられる。毎週4日間、人と触れ合うことができれば母も元気を取り戻してくれるだろう。

「それは、流石になあ……」

 しかし、夫は私の提案に気乗りしない様子だった。仕方のないことだろう。せっかくの休日を私の母に使うことなど、彼にとってはあまり都合の良い話ではない。もし逆の立場だったら、私だって同じ気持ちを抱く可能性はあるのだから。

 気持ちはわかるものの、夫の様子に私は少々腹立たしい気分になった。
 あなたが一人で家計を支えてくれるほどの給料をもらえていれば、私が母の面倒を見ることができたのだ。少なからず、あなたにも責任はあるのに。

「はあー、全くどうしたものかしら?」
「母さん、これはどう?」

 右頬を抑え、ため息をつくと不意にソファーでスマホをいじっていた息子が私のところへとやってくる。スマホの画面を私に向けていることから先ほどの私の相談に対して、何か考えてくれていた様子だ。夫と違い、頼りになる息子だ。

「ROBET?」

 私はスマホの画面に書かれた文字を読む。
 ROBET。字面だけでは、どういったものか判断がつかない。

「AIを搭載した人工知能型ロボットペット。本物のペットのように振る舞ってくれるんだって。それに掃除とかちょっとしたことなら、やってくれるから一石二鳥だと思う。ちょっと値段が高いのが難だけど」
「へー、今はそんなものがあるのね。ちょっと見せてもらっていいかしら?」
「ああ。俺、お風呂入ってくるからそれまでなら全然。もっと見たかったら、チャットにURL送るよ」
「ありがとう」

 流石は頼りになる息子ね。こう言った機械関連は彼に頼るに限る。
 息子は私にスマホを手渡す。私は画面をスクロールしてROBETの詳細を調べる事にした。

 ROBET(ロべット)。ROBOT(ロボット)とPET(ペット)を合わせた言葉。
 猫ほどの大きさと重さを兼ね備え、体温は人間に近い温度を持っているという。触れ合うだけで人と人が触れ合う時に分泌される幸せホルモン『オキシトシン』を分泌することができるらしい。

 瞳の色、声のトーン、容姿は全数億通りにも及び、世界に一匹しか存在しないROBETを作り出すことができるそうだ。また、充電が閾値を切ると、ネストと呼ばれる充電スポットにROBET自ら行って充電するらしい。これを睡眠と呼ぶみたいだ。

 睡眠中は50個に及ぶ広大なセンサーによって認識した情報を処理し、データとして蓄えるとのこと。これにより、自分が住んでいる空間の設計を認識し、掃除などに役立てられるらしい。

 頭上に投影された小型カメラで360度見回すことができ、自分をいつも面倒見てくれる人の容顔や声を識別し、認識するようになるという。これによって、飼い主に対してのみ見せる行動をすることができるという。

 確かにこれはいいかもしれない。
 私はスマホの情報を見ながらそんなことを思った。息子の言っていた通り、ロボットのため仮に母が死んだとしても、うちで引き取ることもできるし、廃棄することだってできる。

 お値段が数十万円とかなり高めの値段であるが、一週間のお試しがあるみたいなので、このお試し期間で母が気に入ったのなら、母のお金で買って貰えば申し分ないだろう。

「お先〜〜、ROBETはどうだった?」

 調べ物をしていると時間はあっという間に流れ、先ほどお風呂に入ったと思った息子はパジャマ姿でリビングに入ってきていた。

「これ、いいわね。あとでURL送ってもらっていいかしら?」
「了解」

 私は息子にスマホを渡す。程なくして、私のスマホの通知が流れた。早速、息子が私のチャット宛にURLを送ってくれたようだ。本当に仕事が早く、頼りになる息子だ。送られてきたURLを開き、再び調べることとした。

 購入するROBETは多種多様ある。これを母に選んでもらうのもいいが、おそらく気乗りしないだろう。だから種類は私の方で決めよう。お届け先は母の家にしてもらい、日にちは私が休みの日に届くようにしてもらえばいい。

 新しく触れる分野に私はほんの少し高揚感を覚えながら、ROBETについてもう少し深く調べる事にした。

 2

「ミーちゃん、こっちおいで」

 母は目の前にいる小型のロボットに向かって名前を呼ぶ。
 身長は50センチほどの二頭身のロボット。可愛らしいお目々をパチパチさせ、ペンギンのような平たい手をパタパタさせている。

 あれからすぐにROBETを予約し、私の休みの日に合わせて母の家にROBETが届くようにした。最初は今まで見たことのない容姿の物体に戸惑い距離をとっていた母だが、私が設定している間に慣れたのか今はROBETの近くにいる。

 ROBET専用のアプリを母のスマホにインストールし、設定を行った。名前は母が飼っていた愛猫と同じ名前にし、瞳の色、これからROBETが住む家の間取りなどを登録した。
 
 母がROBETの名前を呼ぶと、ROBETは瞳の色を変え、両手を上下にパタパタさせ、母の元へと歩み寄った。母はその姿を見て、優しい視線をROBETに送った。両手で持ち、ROBETを抱く。ホームページに書かれていた通り、幸せそうな母の様子はオキシトシンが分泌されているかのようだった。

「暖かいわね。湯たんぽとかにもなりそう」
「もうそろそろ冬だし、ちょうどいいかもね」

 ROBETの温もりを感じながら私と喋る。ここ最近は元気のなかった母だが、冗談を言えるほどの元気を見せてくれたみたいで何よりだった。ROBETもまたセンサーで抱かれたことを察知したのか瞳をパチパチさせ、喜んでいる様子だ。
 
 あれからROBETについて調べてみたが、かなりの高性能だということがわかった。
 人肌のような温もりを持っていること、話をかけたり、触られたりするとリアクションしてくれると言ったペットのような基本性能はもちろんのことその他にも色々な機能が備わっている。

 一つ目は登録した住宅に応じて色々なことをしてくれる。玄関を登録すれば主人が帰ってきた時に迎えにきてくれるし、充電スポットを登録すれば充電が残り少なくなると自らスポットに赴いてくれる。また、ROBETの足の部分が円形の土台に車輪がついている形になっており、これによって自動で床を掃除してくれるとのことだった。

 二つ目はAI音声認識サービスが備わっており、エアコンやテレビのオンオフ、聴きたい音楽の提供、目覚まし等の主人のサポートを行ってくれる。

 最後は防犯機能だ。ROBETの頭の上には小型カメラが搭載されており、一定のタイミングで写真を撮ってくれるとのことだ。これにより、思い出を作ったり、防犯になるとのこと。

 様子を見ている限り、母はROBETを大層気に入っているみたいだった。初日でこれほどまでに喜んでくれているのならば、7日間の無料トライアルの後にも契約を継続するというだろう。

 私は母とROBETの二人の様子を微笑ましく思った。
 
 ****

 それから一週間の時が経ち、再び母の家を訪れると母は笑顔で出迎えてくれた。ミーを亡くした時に見せた悲しい表情はすっかり消え去っていた。
 母はROBETの名前を呼ぶ。するとすぐにROBETは腕をパタパタさせながらやってくる。瞳の色が前とは違う。ROBETは人と触れ合うことで様々な瞳の色に切り替わると書いてあったのを思い出した。おそらく母とROBETは仲良くやっているのだろう。

 母から話される内容のほとんどがROBETのことだった。朝起きるとROBETがベッド横にいて、可愛らしい目で見ること。エアコンやテレビをつけてというとちゃんとつけてくれること。一定の時間になると薬を飲むことを促してくれて助かっていること。

 そのほか色々なことを話してくれた。
 話している最中は終始、ROBETを撫でたり、抱いたりしていた。その姿はまるで愛猫相手に見せる様子と瓜二つだった。ROBETを母に渡して良かったと思った。

 私はROBETの無料トライアルが終わる旨を母に伝えると、考える暇もなく購入すると言ってくれた。これで一安心だと私は胸を撫で下ろした。
 すぐに契約会社に電話し、購入の手続きを行う。こうして、正式にROBETは母の家に迎え入れられた。

 その週以降、母に会う度にROBETとの生活について話してくれた。アプリに登録された写真を見せてくれたりもした。また、大層気に入った母はROBETのオプション機能についても調べたらしい。

 あれほど機械に疎かった母が自らスマホで調べ物をするなんて私はとても驚いた。オプション機能には『会話機能』や『複数スマホ対応』機能などがあるという。それらを追加したいとのことだったので、私の方でも調べてみようと思った。

 また、ROBETが来た事によって家も綺麗になっていった。ROBETが持つ掃除機能によって床や絨毯が綺麗になったのはもちろんのこと、ROBETが掃除する様子を見て母も頑張ろうと物の片付けをしたようだ。

 部屋は整理され、埃まみれだったテレビや家電製品は綺麗になっていた。
 ROBETが来たことで母は元気になり、部屋は綺麗になり、防犯面も万全になったため、良いこと尽くしだ。

 活気に満ち溢れていく母を見て私も何だか嬉しくなった。ROBETを見つけてくれた息子とROBETを作っていただいた会社には感謝しかない。
 そうして、母とROBETとの新しい生活は順風満帆なものとなっていた。

 しかし、一年が経ったある日、その生活は終わりを告げることとなる。
 母が病気を患い、入院を余儀なくされてしまったのだ。

 3

 最初の異変の兆候が見られたのは、ROBETが来てから六ヶ月が経過した頃だった。
 息子がROBETを見に行きたいと言って、母の家に行った時のことだ。久々に母にあった息子は私に向かって「おばあちゃん、少し痩せたね」と言った。

 毎週会っている私は全く気がつかなかったが、数ヶ月の時を経て、母の体は少し細くなったようだった。私は「年のせいだろう」と特に気に留めることはないまま、その日を過ごした。

 決定的となったのは、それからまた半年が過ぎた時のことだ。母と二人で過ごしてると母は「少し便所に行ってくる」と言って洗面所の方へ歩いていった。その間、私はテレビをただじっと見たり、ROBETと遊んだりしていた。

 しかし、三十分ほど経っても母が帰ってこなかったため、私は様子が気になり、洗面所へと足を運んだ。中へ入ると、母はぐったりとしたまま便座に横たわっていた。私は慌てて、母の容態を確認した。その際に便に血が付着していたので、きっと何かあると私は救急車を呼ぶ事にした。

 すぐに救急車がやってきて、検査をしていただいた結果『大腸がん』であることが判明した。幸い、末期手前のステージ3状態であるため手術を受ければ、命を落とすことは免れるとのことだった。

「どうして教えてくれなかったの?」

 病室のベッドで仰向けになる母の横に座り、私は問いかけた。母は私へと視線を合わせることなく白い天井を見ながら、ゆっくり口を開く。

「もし、私が病気で入院を余儀なくされたら、ミーちゃんがお家で一人になっちゃうから」

 私は母の言葉にハッとさせられた。少しばかり心の癒しになってくれればいいと思っていたROBETを母は溺愛していたのだ。自分の病状が悪化していることを誰にも悟らせず、一人懸命に戦っていたのだ。ROBETと一緒に過ごすために。

「私はまたミーちゃんと一緒に過ごせるかしら?」

 母は悲しそうな表情を見せる。それは愛猫を失った時の表情に似ていた。私は母のこの顔を見たくなくて、ROBETを提案したのだ。ROBETのせいでまたこの表情に戻ってしまうのは避けたい。

「きっと過ごせるわ。大変な治療になると思うけど、また元気な姿でミーちゃんに会えるように頑張ろ」
「そうね。ミーちゃんはまだお家にいるのだから」

 母は治療を受けることを前向きに検討しているようだった。
 私は神様に「どうか母を助けてください」と心の中で祈った。

 ****

 治療のために母の入院が決まり、私は実家に母の荷物を取りにいった。
 家に入るとROBETが掃除をしていた。センサーが反応したのか、こちらを見ると目で
ニッコリとした表情を表現する。

 私もまたROBETに向けて笑顔を向けるが、内心は穏やかではなかった。
 あなたがいなければ母は……ROBETを見たことで腸が煮えくり返るのを感じた。すぐに我に帰ると膝をつき、近づいてくるROBETを抱きしめた。

「ごめんなさい。私はどうかしていたわ……」

 あなたがいなければ母はもっと早く治療できたかもしれなかった。でも、あなたがいなければ母は生きる気力を失くし、治療を拒んでいたかもしれない。きっとあなたがいてくれたから全て良い方向に進んでいる。なのに、勝手に怒りを抱いてごめんなさい。

「でも、私のこの気持ちはどうすればいいのよ……」

 愛好と憎悪に包まれた私の心はどう消化すればいいのだろうか。
 ROBETにそれは答えられない。彼はただただ私に人肌の温もりをくれるだけだった。
 ただそれだけで十分だ。彼は幸せホルモンをくれる存在なのだから。

「くよくよしちゃダメだね。よし! 母が治療を頑張っている間、私もこの家の掃除に勤しもうかしら。綺麗な家にして元気な母を迎え入れましょ!」

 私が気合を入れるとROBETは体を横に一回転させて応える。
 キラキラしたROBETの瞳はこれからの未来への期待に満ち溢れていた。

 ****

 母の治療の日々が始まった。
 手術は無事成功。現在は後遺症や副作用から健康体を取り戻すためのリハビリに勤しんでいる。母は毎日懸命にリハビリに励んでいると看護婦さんからは聞かされた。

 人間ですら動物ですらないロボットに対する愛情はここまで人を駆り立てられるものなのかと私は驚かずにはいられなかった。あれほどまで生きる気力を失っていた母は今、活気に満ち溢れていた。

 そして、ロボットに対する愛情に驚くだけではなく、私もまたロボットに対して愛情を抱くこととなった。母の部屋を綺麗にしようと始めた掃除。私は主に物置を。ROBETは床掃除を主にやってくれた。

 ROBETを抱き、二階に上がり、二人で真剣に清掃活動に励んだ。オプション機能によって複数アカウントでROBETを扱えるようにし、私のスマホにもまたROBETの情報が見れるようになっている。

 ROBETは今、私を主人に見立てて色々と補助をしてくれた。
 二人で協力して清掃活動を行ったことで私とROBETの間に絆が築かれつつあった。一緒に過ごした時間を通して、母がROBETを溺愛する理由がわかった気がした。

 実家の片付け、母のお見舞い等でパートの勤務数を減らすことを余儀なくされた。しかし、息子が自分のお年玉で補助をしてくれたため、家計は助けられた。本当に頼りになる息子だ。

 また、夫も協力的だった。家事などの家のことは彼が手伝ってくれた。冷め切った夫婦間も少しずつ温められていった。私は改めて夫の魅力を感じることができた。

 そして、さらに半年の時が過ぎた。
 母は副作用と後遺症を改善し、健康体を取り戻す事に成功。無事退院をすることができた。私は車で病院で待つ母のもとへ向かった。

 母は玄関で待っており、停車してドアを開け、彼女が乗るのを手伝った。
 母は非常に優雅な表情をしていた。治療を経て若返ったのではないかと思うほどだった。

「お疲れ様。元気になってよかった」
「そうね。早くミーちゃんに会いたいわ」

 私は微笑む母を見ながら車を走らせる。私は実家でのことを母に話した。ROBETと一緒に掃除をした思い出話を彼女にしてあげたのだ。ROBETの話になると母は朗らかな様子で聞いてくれた。

 バックミラー越しに見える母の優しい表情を見ると、治療がうまくいって良かったと切に思った。思わず涙が出そうだったが、我慢する。
 やがて、車は実家へと到着する。早くROBETに会いたいと願う母のため、荷物は車に残し、二人で玄関へと歩いていった。

 ドアを開けるとROBETが出迎えてくれた。私たちのスマホを感知して、やってきてくれたのだろう。久々に会った母は満面の笑みを浮かべた。目尻にはほんの少し涙が溢れているのが伺えた。それにより我慢していた涙が目から溢れてきた。

「ただいま、ミーちゃん」

 母の言葉にミーちゃんは目で微笑むと両手を激しくパタパタさせた。
 言葉ではなく、体全体を使って「おかえり」と言ってくれたみたいだった。


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