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【掌編小説】お守り


※続き物ですが、本編から単体でお読みいただいても、支障のない構成となっています。


 「じゃあね、千紗。今日は本当に、ありがとう。広輝君もありがとう」
 電車に乗り込む私を駅のホームまで見送りに来てくれた2人、中学1年の時から5年間の付き合いになる親友とその幼馴染に、私は涙ぐみながらお礼を伝えた。
 「美花、最後に話せてよかったよ。お別れの品も渡せてよかった。私の方こそ、引っ越し当日の忙しい中なのに会ってくれてありがとう。……広輝君も、本当にありがとうね」
 親友の千紗は、家に忘れて来た別れの品を、電車に間に合うよう大急ぎで届けてくれた幼馴染に、今日何度目かのお礼を言った。
 「大したことじゃないよ。間に合ってよかった」
 無茶振りな頼みごとをされても満足気な笑顔でそう言う広輝君は、きっと千紗のことが好きなのだろう。何年後かには、2人に関する恋バナを聞くこともあるだろうか。
 電車のドアが閉まり、私と千紗は互いに涙ぐみながら手を振り合った。
 走り出した電車の窓から、千紗と広輝君の姿が後方へと流れ去るのが見えた。

 中学3年の時、病で母が亡くなった。その当時、悲しみに沈む私に寄り添ってくれたのも千紗だった。
 私達はお互い別々の高校に進学した。
 私と父は、父の職場に近く、私の高校にも近く、母の妹である叔母夫婦も住む隣りの市へと引っ越しした。
 しかし、それから2年も経たない内に、父の勤める会社は倒産し、義理の叔父は海外勤務が決まって叔母もついて行くことになった。
 遠く離れた他県に住む父方の祖父母は、父と私を心配し、父に地元に戻って来るよう言った。大学を卒業後、地元に戻らず就職・結婚していた父は、私を連れて故郷に帰ることを決めた。
 別々の高校に進んでからも交流を続けていた私と千紗だったが、今後はこれまでのように気軽に会うことはできない。
 別れを惜しみ、引っ越し直前の数時間を、色々語り合って過ごしたのだった。
 座席に座った私は、千紗からもらった別れの品である包みを開けてみた。小さなその包みの中から出て来たのは、千紗手作りのお守り。
 千紗に特別な力があるわけではないだろうから、あくまでも気持ちを形にしたものだろう。
 フェルト生地を縫い合わせて作ったお守り袋の中には、お御籤みくじのような紙片が折り畳まれて入っていた。
 「願望ねがいごと 叶いて喜びあり」「失物うせもの 思いがけず出る」「学問 安心して勉学せよ」「転居やうつり 障りなし」などの言葉が、千紗によると思われる直筆で書かれていた。
 「千紗ったら、お守りとお御籤みくじは違うのに……」
 小さく笑みを漏らしながらも、私の未来の幸運や幸せを願ってくれる千紗の思いが嬉しく、胸が温かくなった。

 「おじいちゃん、おばあちゃん、久しぶり」
 小学5年の夏休みに、両親と共に訪れたのが最後だった父方の祖父母の家。祖父母は私と父を、気遣うような微笑みで迎えてくれた。
 「今日からここは美花ちゃんの家でもあるんだから、ゆっくりくつろいでね。遠慮はいらないから」
 新しい生活に不安もあった私は、そう言ってくれる祖母の言葉がありがたく、自然と心が解れて行くのを感じた。
 父も実家に戻って来て、心なしか安心した様子だ。
 父は、隣町に住む父の弟である叔父一家の近況を祖父母に尋ねていた。
 叔父夫婦には敏也君という子供がいて、私と同い年のいとこである敏也君とは、小学5年の夏休みにこの祖父母の家で会って、一緒に遊んだ思い出が朧げにある。
 祖父母の話によると、敏也君は私が転入を予定している高校に通っているそうだ。そうは言っても、小学5年当時が最後の記憶である以上、いきなり会っても互いにわからないかもしれない。
 やがて人心地ついた後、祖父母の家の中を懐かしく見て回った私は、1ヶ所開かない扉があることに気づいた。
 木造家屋の中でも特に古めかしく見える木の扉。ドアノブを回しても開かない。鍵穴はあるので鍵がかかっているのだろう。
 祖父母に尋ねると、以前は物置に使っていたとのこと。ところが数年前に鍵を掛けた後その鍵をどこかに失くしてしまったようで、それ以来開かずの間になってしまっているのだそうだ。
 もはやその物置に何を入れていたかも記憶は薄れてしまっているが、特に生活には困っていないし、その内どこかから鍵が出て来るだろうから……と、そのままにしているとのこと。何ともおおらかな話だ。
 「鍵屋に頼んで開けてもらえばいいのに」と言う父の言葉に、「そういう手もあったか」と乗り気で答える祖父の言葉を聞きながら、私自身、何か大事なことを忘れていながら思い出せないようなもやもや感を感じていた。

 その日の夜、私は千紗がくれたお守りを枕元に置いて、眠りに就いた。
 夢の中で小学5年生に戻った私は、同じく小学5年生の敏也君と、祖父母の家の庭で遊んでいた。
 庭の隅で何かキラリと光るものを見つけた敏也君は、自分はわかっているよ、というような得意顔で玄関前に行った。
 そして、傍に置かれた植物の鉢植えを持ち上げ、鉢の下の水の受け皿にそのキラリと光るものを置くと、再びその上に鉢を置いて、元の状態に戻した。一見しただけでは、鉢の下に何かが置かれていることはわからない。
 「敏也君、それなあに?」
 不思議そうに尋ねる小学5年生の私に、小学5年生の敏也君は笑顔で「これはね……」と言いかけた。
 その時家の中から、私達2人をおやつに誘う祖母の声が聞こえた。

 気がつくと窓から差し込む光を感じ、チュンチュンと鳥が鳴く声で目を開けた。私は高校2年生の私に戻っていた。
 あれは小学5年の夏休みの出来事。すっかり忘れていた記憶が、夢となって現れたのだ。
 敏也君が鉢の下に隠したもの。もしかしたらそれは今も……。
 着替えて玄関前に行くと、夢で見た鉢植えが今もそこにあった。鉢を持ち上げてみると、そこにはすっかり錆びた1本の鍵があった。
 私は鍵を掴み鉢を元に戻すと、家の中に入り、あの開かない扉の前へ。錆びているけど大丈夫だろうかと思いながら、鍵を鍵穴に入れて回してみた。
 鍵はカチャリと音を立てて開いた。私がドアノブを回すと、今まで動かなかった扉に動く感触があった。私がその感触のままにドアノブを引くと、静かに扉が開いた。
 扉の奥は狭い物置で、そこには古い新聞の束、もう使わなくなったらしい古い電話、中身が入っているのか空なのか不明なダンボール箱、そして、赤いリボンが付いた子供用の麦わら帽子と、青いイルカのぬいぐるみがあった。
 「こんな所にあったんだ!」
 そんなはずはないと思いつつも、うっかりゴミ箱に落としてしまい、燃やすゴミの日に捨てられてしまったのかも、とずっと思っていた、幼い頃の懐かしい品だった。
 おそらく、小学5年の夏休みにここに持って来て、持ち帰るのを忘れて仕舞い込まれていたのだろう。日々の生活の中で、祖父母もその存在を忘れてしまっていたに違いない。
 もう頭の大きさが違うので、麦わら帽子は被れない。それでも、母が存命中に両親に頼んで買ってもらったイルカのぬいぐるみが出て来たのは、本当に嬉しいことだった。私は埃を払ってぬいぐるみをギュッと抱き締めた。
 その時不意に私の脳裏に、千紗のくれたお守りの言葉がよぎった。
 「失物うせもの 思いがけず出る」
 もしかするとお守りには、本当に力があったのかもしれない。

 物置の鍵が見つかったこと、中から懐かしい品が出て来たことを話すと、祖父母は驚き、忘れ物を仕舞っておいたことを思い出して私に詫びた。
 私は、見つかったのだから気にしないでと2人に言い、忘れ物を取っておいてくれた礼を言った。
 1週間程後に叔父一家が訪ねて来て、敏也君とも再会した。
 高校2年生になった敏也君は、昔の面影はありながらも、随分大人びた風貌に成長していた。お互い、懐かしくも何だか気恥しい感じだった。
 玄関前の鉢の下から見つけた鍵で開かなくなっていた物置を開けた話をすると、鍵のことなどすっかり忘れていた敏也君は不思議そうな顔をしていた。
 しかし、夢で見た小学5年の夏休みの出来事を話すと、ようやく思い出したようで、声を上げて「あった、あった。そんなことあったよ」と言った。
 敏也君としては、玄関の鍵を持って出るのを忘れた時の対策として普段家でやっていることをそのままやっただけで、物置の鍵だとは思いもしなかったのだとか。
 特別とも思わなかったその出来事は、敏也君の記憶の彼方に消えていたのだ。
 私達は、幼さ故の浅慮な行動を、今更に笑い合った。

 こうして、懐かしい思い出が蘇り、過去と現在が繋がった私は、この春、高校3年生として新しい高校に通い始める。
 千紗がくれた手作りのお守りを通学鞄につけると、祖父母と父に声をかけて、玄関を出た。
 新しい高校生活に不安がないとは言えない。
 それでも、きっと何とかなる。
 同じ高校には敏也君もいるし、千紗のお守りがきっと私を守ってくれるだろう。
 青空の下、私は新たな一歩を踏み出していた。





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