やりたいことやってるヤツなんていない
「やりたいことをやってるヤツなんていない」
僕はそう思っています。
誰もが憧れる華やかな世界に目を向けてみましょうか。
「1万人△どれくらい」とかいうキーワードで画像検索してみてください。そして出てきた画像を見てみてください。
スマホの小さい画面越しとはいえ、圧倒されませんか? めっちゃくちゃ多いですよね。
1万人という人数の多さを実感できたと思いますが、それの何倍も、いや何十倍もの人が憧れを抱き、しのぎを削って競争しているのが、いわゆる華々しい世界です。
俳優、歌手、芸人、スポーツ選手、小説家、漫画家、映画監督、など。
僕らがメディアを通して見知っているあの有名人たちは、この熾烈な競争を勝ち抜いてきた、言わばエリート中のエリートなわけです(素人に毛が生えた程度のレベルの低い有名人が増えてきたじゃないか! とかいう屁理屈はやめましょう)。
でも、そんな言わば勝ち組に見えるエリートたちですら、僕には好きなことを好きなようにやれてるとは到底思えないのです。
たとえば、歌手の氷川きよしさん。
彼はもともとロックやポップスなどを唄いたかったそうですね。だけど事務所に懇願するも、
「市場にライバルが多すぎて勝てっこない、だからオマエは演歌でいけ」
……と命じられ、渋々演歌でがんばってきたそうです。
で、20年ほどがんばってきてそれなりの地位を確固としたところで、某アニメ主題歌と出会う機会に恵まれた。そしてそれを機に、ようやく自分の本当にやりたいことへの道が切り開かれてきたそうです。
女優さんなんかも大変なんじゃないでしょうか? これは僕の想像の話ですが、ようやく芸能界入りしてそれなりに有名になって、「可愛らしい女の子女の子したヒロインを演じたいな」と願っていたとしても、元来の顔立ちがちょっとキツイという事情があったら、もうその時点で夢は叶わないですよね。
きっとヒロインの恋敵役とか、悪女の役とか、そんなオファーばっかりきたりするんだと思います。
いったい本人の心境たるや……ですよね。
きっと周囲からは、成功者としてちやほやされるんでしょうが、本人は狂わんばかりに苦悩しているかもしれません。
さらに妄想を広げると、その親御さんもですね。本人の夢や努力の跡や苦悩を誰よりも知ってる親御さんは、「そんな顔に産んでしまってごめんね」と、これまた悔やんでも悔やみきれないとてもツラい思いをなさってるかもしれません。
はたまた違う例、作家だってそうだと思います。アマチュア時代の公募コンテストに応募してるような身だったら、好きなものを、好きなときに、好きなように書いていればいいでしょうが、プロデビューして商業作家となったらそうもいきません。
漫画ドラゴンボールの作者・鳥山明先生。彼はドラゴンボールを無理やり長続きさせられたとよく言われてるんですね。
僕はいいおじさんの歳になるまでずっと、「なんで辞めたいのに辞められないんだろう?」と気づかずにいました。
でもこれ、ちょっと考えるとわかることです。
僕の想像の域を超えませんが、たぶん次のようなやりとりがあったと思います(ちょっと妄想にお付き合いください)。
「――自分の中では書き切りました。もう続きはないです。最終回にして辞めたいです」と鳥山先生。
「鳥山先生、お気持ちはお察ししますが、考え直して戴けませんか」と編集者。
きっとこんなところから会話はスタートするのでしょう。
――鳥山先生、あなたは自分の力でドラゴンボールという作品を生み、書き続け、人気を確たるものにしました。それは間違いなくあなた自身の能力と努力による功績です。
ですがその一方、あなたのドラゴンボールを世に広めたのは我々です。集英社という株式会社が、週刊少年ジャンプという少年漫画誌を作成・発行・運営しており、その元々存在する大人気プラットフォームがあるからこそあなたの作品が掲載され、世に大量に送り続けてこられたわけです。
なのでドラゴンボールがこれだけ売れて、あなたが孫の代まで一生遊んで暮らせるほどの地位と名声と富を得られたのは、あなた自身の功績のみならず、集英社はじめ関係者一同の協力があったからこそです。なのであなたが1人で書いてる作品とはいえ、あなたの一存で辞めるわけにはいかないのです。
ジャンプは発行部数がグングン伸び、あなたのドラゴンボールのおかげで100万部増となりました。ジャンプは一冊およそ200円です。
あなたのドラゴンボールのおかげで、200円×100万部で2 億円もの売上向上を果たしました。
ジャンプは週刊誌ですので、2億円の売上×4週間で、一ヶ月あたりの売上高としては8億円もの売上向上に寄与しています。
あなたがここで自分の一存で辞めたとしたら、一気に8億円もの売上損失に落ち込む可能性があります。年間で100億円近い数字です。
集英社で働く人々、その家族。
関連企業で働く人々、その家族。
あなたの漫画家仲間つまり先輩後輩といった他の連載陣、その家族……。
鳥山先生、あなたがドラゴンボールをあなたの一存で急に辞めると、これらの人たちに大きな、とてつもなく大きな負の波紋を与えることになります。
我が国の経済損失も何百億はくだらないでしょう。人によっては路頭に迷うことにもなるでしょうね。
分かりますか鳥山先生。ここまで巨大化してしまった作品は、もはや作者ひとりだけの物ではないんです。
あなたの一存で、途中下車はできないのです――。
……とまあ、数年後に自分で読み返したら恥ずかしくなっちゃうかもしれないような妄想的文章をつらつらと書いてしまいましたが、でも僕、遠からず近からずのやりとりが実際にあったんじゃないかと推察しています。
だって理屈は書いたとおり、社会の仕組みは事実こうなんですから。
あながち間違ってないかと。
このように、一見すると華やかな世界で輝いてみえる人たちも、我々の知らないところで辛酸を舐めながら、苦悩しつつ闘ってるんだと思います。
本当にやりたいことを思うがままにやれてる人なんて、実はどこにもいないんじゃないでしょうか。
僕らが憧れのまなざしで見ている、華々しい世界の輝ける成功者たちも、ほんと白鳥ですよ、水面の下では足掻きまくってるんだと思います。
彼らがそれでも頑張り続けるのって、なんでなんでしょうね?
それは僕が思うに、僕らと大差ないからだと思います。
生きるために「死に物狂いにならざるを得ない」からだと思います。
加えて、「今よりもっと」「いつかきっと」と夢を追い続けているから頑張ってるんじゃないでしょうか。
そうして、やりたいことをやるために、やりたくないことも必死にやってるんじゃないでしょうか。
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