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世界とつながるボロ市

「犬も歩けばまな板にあたる」
「来年のアレ買いました?カアレンダーです」
下手なダジャレは、世田谷のボロ市で見かけたキャッチコピーである。
一日に20万人が訪れるこの市の歴史は、安土桃山時代にさかのぼり今年で445年になる。毎年12月と1月、それぞれ15日と16日の二日間ずつ開かれ、東京都の無形民俗文化財に指定されている。骨董品や古着だけでなく、日用品・装身具・玩具・植木など数多くの露店が並ぶ。この地に越してきて20年になるが一度も行ったことがない。今年の開催日は金曜と土曜、しかも小春日和。さっそく足を運んできた。

まず人の多さに驚いた。さながら初詣である。露店は道の両脇に並ぶが、左側通行で、少しずつしか進めない。傘を売る店をのぞくと、店主が客とこんなやりとりをしていた。
「これねぇ、デパートやったら15,000円とかするんやけど、ここやったら3,900円で買えるで」
「へぇ、おっちゃんが作ってんの?」
「いやぁ、おっちゃんが作ったら50,000円になるわ、人件費高いからな、ハハハハハ」。映画『男はつらいよ』の寅さんを彷彿させる、楽しい会話だった。

つぎに足を止めたのは、輸入石鹸の店。店頭にはレンガのような「アレッポ石鹸」が山積みにされている。「数量限定」「在庫限り」とあるが、それほど貴重なものなのか。原料はオリーブオイル。伝統的な釜焚き製法で作られた無添加石鹸である。もともとは、石鹸発祥の地、シリアのアレッポで作られていた。しかし2011年に内戦で工場が破壊されると、隣国トルコへの避難を余儀なくされた。困難を乗り越え工場を再建したにもかかわらず、こんどは2023年の大地震により、ふたたび生産がストップする。再開の目途が立たないため「在庫限り」なのだという。世界で起きている内戦や自然災害に関心を寄せることになるとは。ボロ市は世界とつながっていると感じた。

さらに行くと、カラフルな羊毛製品をフェアトレードする店があった。そこは、ネパールでニットやフェルト製品を生産し、輸入、販売している店だった。ウールは、洗濯機や乾燥機にかけると、縮んで着られなくなる。この性質を利用して作られるのが、圧縮フェルト製品である。羊毛を石鹸と湯を使って圧縮し、バッグやポーチなどの袋状に成形する。縫い目や継ぎ目のないのが特徴で、手作業には熟練が求められる。工場で働く女性たちの大半は、教育を受けておらず、字が読めない。しかし加工技術を身に着け、自立の糧を得ている。彼女たちに正当な対価を継続的に支払うのがフェアトレード。ここでもボロ市は世界とつながっている、と思った。

しばらく進むと、盆栽を並べた店が現れた。店員のお兄さんが水を遣っている。「盆栽って難しいですか」と尋ねてみた。「キホン毎日水遣りできるんだったら、そんな難しくないっすよ」。「この花芽が膨らんでるの、何ですか」「寒梅っす。ふつう、この時期に咲くのはこっちの冬至梅なんですけど、今年は暖ったかいから」。「興味あるんやったら、上野グリーンクラブに来てください。来週から20%オフのセールやるんで」。なかなか接客上手なお兄さんであった。

歩き疲れたころ「甘酒1杯100円」のポップが現れた。一杯もらい、簡易ベンチに腰を下ろす。「ここは値上げしてないわね」。隣に座ったおばあちゃんから話しかけられた。地元の人で、昔からボロ市を楽しみにしているという。以前は、つまみを売る惣菜店がたくさん出ていたが、そういう店はどんどん無くなっていったらしい。その人のお目当ては、刑務所作業製品である洗濯石鹸「ブルースティック」。100円が150円に値上がりし、一人一本に制限されていた、と残念そうに語った。「値上げとか店の入れ替わりは時代の流れやから、仕方ないねぇ」。通りすがりの人と何気ない会話ができるのも、ボロ市の魅力だと思った。

朝から歩き通し、足はすっかり棒になっていた。しかし、どの店、どの品、どの客にも物語があることを知った。話しかけたり、かけられたり。ボロ市は互いの物語を交換しあえるリアルな場。最大の魅力は、オンラインにない「ぬくもりのある交流」だ。どんなにデジタル化がすすんでも、ボロ市は不滅であってほしい。

そして、それを可能にしているのは、戦争や流行り病のない平和な社会であることにも思いが至る。ボロ市は世界とつながっている。そして世界では、今もウクライナ侵攻や、イスラエルとハマスの衝突が続いている。世界で起きている現実を心に留めながら生きる。平和で豊かな社会に暮らす者には、こんな生き方が求められるように思う。ウクライナやガザでボロ市が開かれる日が一日も早くきてほしい。

年の瀬を前に訪れたボロ市は、リアルなコミュニケーションの大切さと、平和について考える機会となった。1月にもボロ市があるので、足を運んでみてほしい。


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