下郷 七生実(しもさと なおみ)

京都在住、フリーライター・編集者。大阪文学学校小説クラス修了生。 第二回京都キタ短編文…

下郷 七生実(しもさと なおみ)

京都在住、フリーライター・編集者。大阪文学学校小説クラス修了生。 第二回京都キタ短編文学賞最終候補ノミネート、第七回公募ガイドW選考委員版「小説でもどうぞ」佳作の経歴あり。 Guns N' Roses、Superfly、LOVE PSYCHEDELICOのファン。

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  • 【小説】空蝉のふたり

    わたしが書いた小説です。源氏物語の「帚木」「空蝉」のオマージュ作品です。 元校閲者の綴里が夫と別居し、雑誌編集者である双子の妹、日々記と一緒に生活することになります。そこに大学生作家の水原璃人が現れ、ふたりは彼に翻弄されてゆきます。

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【小説】桜に酔うて、見る夢は ~京都キタ短編文学賞最終選考ノミネート作品~

 軒にぶら下がる風鈴が、ちりんと春風に鳴った。昼下がり、私は居間に寝そべりぼんやりと窓の外を見ていた。  軒下の台には、ビオラやマーガレットの鉢植えが並べられている。そのかたわらから、タツがひょこりと顔を出した。  タツはぶち猫で、八年前に祖父が亡くなったあとすぐ、よく庭先に現れるようになった。鼻のところに八の字の髭みたいな模様があり、貫禄がある。母と祖母は祖父が猫に乗り移り帰って来たのだと言い、野良猫だったのをうちの飼い猫にした。名前は、祖父の名前の達夫から取った。  タツ

    • 【日記】京都と花と小説と ④霊鑑寺の椿の庭を見てきた!

      別れの春、霊鑑寺の椿の庭へ  久しぶりのブログ更新、仕事が忙しかった。  いや、実は悲しい出来事がいろいろあった。春は別れの季節だからしょうがない、よくあることだよ。そう言い聞かせてSuperflyのライヴに行ったけど、志帆ちゃんがバラードでしんみりしたMCをするから、ひとり暗いスタンド席で声を殺して泣く羽目に。隣の人、気づいてなかったかなぁ。恥ずかしい…。  そこで、わたしは考えた!新しい友だちを作ろう!うじうじしている場合じゃない!  病気だったし、仕事で閉じこもって

      • 【日記】京都と花と小説と ③保津川下りに行ってきた!

        保津川下りを小説に  昨年は長編・短編含め、七作の小説を文学賞に応募した。そのうち、一作は京都文学賞の一次選考を通過、もう一作は京都キタ短編文学賞の最終候補作にノミネートされた。だけど、どちらも入選しなかった。  小説を書き始めて二年なので、その割にはいい成績だと思う。でも、入選を逃したのはやっぱり悔しい。  芥川賞受賞の故・田辺聖子さん、玄月さん、直木賞受賞の朝井まかてさんを輩出した大阪文学学校で一年半学び、今も天狼院書店のプロ小説家養成講座「オーサーズ倶楽部」で、がん

        • 【日記】京都と花と小説と ②天神さんの花手水

          天神さんの花手水  わたしは毎月、天神さんにお参りにゆく。京都の人たちは親しみを込めて、北野天満宮のことを天神さんと言う。正確には御祭神である菅原道真のことをそう呼ぶ。  菅原道真は平安時代の貴族で、醍醐天皇のときに右大臣まで上り詰めたけど、昌泰の変で太宰府へ左遷された。京へ戻りたいと切に願いながらも、現地で亡くなったのである。死後、京では道真を陥れた貴族が相次いで亡くなり、道真の怨霊の祟りであるとされ、北野天満宮に祀られることになった。このことから、道真は日本の三大怨霊

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        【小説】桜に酔うて、見る夢は ~京都キタ短編文学賞最終選考ノミネート作品~

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        • 【小説】空蝉のふたり
          8本

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          【日記】京都と花と小説と ①QUEENのライヴに行ってきた!

          京都暮らしも五年 京都にきて五年が過ぎた。 わたしが京都にきた理由は、病気の治療のため。ふたつの病気の合併症に十年以上苦しんでいた。どの医師にも治らないと言われ、うちひとつは大学病院も診察すら拒否する。田舎の大学病院はクソだ。 薬はどんどん増える。オピオイド系(麻薬由来)の強い薬まで飲んでいた。オピオイド系の薬は眠気が強いので起きていられない。がんばって起きていたとしても、意識障害が起こり、日常生活に支障をきたす。日付けや曜日、時間さえわからなくなる。がんばっ

          【日記】京都と花と小説と ①QUEENのライヴに行ってきた!

          【小説】空蝉のふたり〈八〉最終話

          八、款冬華 ―ふきのはなさく― 「障害者差別解消法のパンフ、突き合わせ終わりました」 「じゃあ次、これお願いできる? 『わかるWordPress』」  今日もゲラと向かい合い赤ペンを走らせる。今朝は雪が降り肌を刺すような寒さだった。健吾の成人式の日も雪が積もり、会場へたどり着くまでに相当時間がかかって凍えたらしく、式中も震えっぱなしだったと言っていた。  夫との離婚は先月の中ごろ成立した。元夫と言うべきだろうか。DVは、わたしが勝手にチェストを倒して怪我をしたと言い、はじめ

          【小説】空蝉のふたり〈八〉最終話

          【小説】空蝉のふたり〈七〉

          七、禾乃登 ―こくものすなわちみのる―  離婚調停の期日が九月下旬に決まった。家庭裁判所から通知書が届いたのだ。  つい先日、夫と義理の両親が大宮の両親のところへ押しかけたらしい。離婚したくないと居座られずいぶん揉めたらしいが、父が警察に通報すると怒鳴ったら帰ったそうだ。わたしの住んでいる家の場所はまだ知られていない。  ゆうべ、健吾から読んでほしいと妙なLINEが来た。 ――綴里さんのことがまだ気になる。もう会えないのはわかっていても自然と思い浮かぶよ。 ――正直、あんな

          【小説】空蝉のふたり〈七〉

          【小説】空蝉のふたり〈六〉

          六、天地始粛 ―てんちはじめてさむし―  手に持ち窓辺の光に翳すと、産衣のような蝉の抜け殻は、宙に浮いてきらきらした。蝉の子の置いて行ったものを、手作りで樹脂はくせいにしたのだ。手のひらくらいの透明な樹脂の塊の中央に、琥珀色の抜け殻があのときのまま閉じこめてある。殻は光に透けて儚げだけど、あの子は木蔭で力いっぱい生きているだろうか。  わたしのバッグのすきまに落ち奇跡的に命びろいし、あの子が家で羽化したこの夏の想い出は永遠のものになった。日々記に見せたら好奇心からか、作り方

          【小説】空蝉のふたり〈六〉

          【小説】空蝉のふたり〈五〉

          五、寒蝉鳴 ―ひぐらしなく―  裏庭に水を撒いていたらエゴノキがつむじ風にゆれた。爽籟に空をあおぐと、澄んだ空には刷毛でひと塗りしたような雲が、うすく広がっている。太陽はじりじりと照りつけ、蝉の声がジージーと遠くから聞こえていた。  今日一日、仕事にゆけば盆休みだ。洗面所で顔を洗い、鏡に映った自分を見る。少し頬がこけた気がして体重計に乗った。引越してくる前より1・5キロ近く減っている。朝ごはんの白飯を心もち多めに茶わんによそい、ひとりテレビのニュースを観ながら箸をうごかす。

          【小説】空蝉のふたり〈五〉

          【小説】空蝉のふたり〈四〉

          四、涼風至 ―すずかぜいたる―  あれから日々記は三日間帰って来なかった。わたしはその間に大宮の家にゆき、父に夫の浮気とDVについて話した。離婚する意志をつたえたら、家庭裁判所に調停を申し立てることになり、そのための金銭的援助も受けることになった。日々記が来ているかと思ったが、ここにもいなかった。  帰りがけに玄関でサンダルを履こうとしていたら、背後から健吾の声がした。 「綴里姉ちゃん、璃人さんが体調の心配してたよ。電話番号とかメルアド知ってるんだよね。連絡してあげてくれな

          【小説】空蝉のふたり〈四〉

          【小説】空蝉のふたり〈三〉

          三、大雨時行 ―たいうときどきふる―  倒れてから三週間ほど経つが、あれから時々胃が痛む。病院の先生にまた診てもらったら、さらに多い項目の食事制限を言い渡された。わたしはなるべく胃腸に優しい弁当を作り、毎日職場でランチを取った。  その日、職場の冷蔵庫で冷やしていた弁当を取り出し、レンジで温め直しているとき、スマートフォンがふるえた。珍しく健吾からのLINEだった。 ――お疲れさま。今度、そっちの家に遊びに行っていい?  唐突な申し入れに面喰らう。ついこの間まで、大宮の家で

          【小説】空蝉のふたり〈三〉

          【小説】空蝉のふたり〈二〉

          二、桐始結花 ―きりはじめてはなをむすぶ―  梅雨が明けたとある日、日々記がこの家に引越して来た。  誰かから借りたトラックに荷物を積んでやって来たのだ。健吾と知らない男性に運転や荷物の積み下ろしを手伝わせていた。  昔の日々記はこれほどタフではなかった。それに業者には頼らず、手近な人間に作業をまかせ、なかなかの倹約家だ。引越して早々、わたしは寝室のクーラー代の分割払いも請求された。  数週間前に道ばたで倒れてから、何回か母が泊まりに来た。日々記に言わせると、独りきりで家に

          【小説】空蝉のふたり〈二〉

          【小説】空蝉のふたり〈一〉

          *** *** *** 一、半夏生 −はんげしょうず−  キャラメルひと粒ぶんくらいの感傷は残るものの、わたしは蟻地獄のような夫と別居することになり、束の間だがほっとしていた。  夫のオサムはわたしより十三歳年上だ。大学時代に仲の良かった友人、彩菜の兄である。彩菜の結婚式に招かれたときに出会い、連絡先を交換したのがはじまりだった。それから一年つき合って二十三歳で結婚した。  結婚してからは、自分がどんどんだめになるような感覚が常につきまとっていた。体中に湿気を吸いこみ、そ

          【小説】空蝉のふたり〈一〉