ポール・マッカートニーの名曲「イエスタデイ」はどのように生まれたか
今回の記事は以下マガジンに収録させて頂きました。
McCartney:A Life in Lyrics "Yesterday"
以下のpodcast「lyricsの人生」よりPOPSの歴史に残る名曲 Beatlesの「Yesterday」を分解・分析させて頂きます。
夢の中から生まれた不思議なメロディー
1964年のある日の夜、ポール・マッカートニーは当時ガールフレンドであったジェーン・アッシャーの家で就寝中、美しいメロディーを夢の中で聞く。目を覚ましたポールは早速ピアノの前に向かい、そのメロディーを思い出そうとする。しかしどうしてもメロディーの出どころが分からず、以前から知っている曲だと思い込む。周囲の人物にも聞いてみるが、誰もそのメロディーを知らないことが判明。ついにポールは、このメロディーは自分の頭の中から突如として生まれたのだと理解する。
懐かしいスタンダード曲かと思い込む
ポールがこのメロディーを聞いて最初に感じたのは、自分が子供のころに耳にしたスタンダード・ナンバーを思い出したという感覚だった。ポールの父親はピアノで多くのスタンダード・ナンバーを弾いて聞かせてくれたこともあり、そうした曲調を思い起こさせるメロディーだったためと考える。
葛藤の末にタイトルが決まる
メロディーについてはすぐにイメージがつかめたものの、歌詞についてはなかなか決まらなかった。「スクランブルド・エッグ」や「パンクチュアリー」など、いくつもの仮のフレーズを試すが、うまく行かない。そんな中、ポルトガル旅行の車の中でふと「イエスタデイ」という単語が浮かび、これがタイトルにぴったりと決まった。
母の死が影を落としていた
24歳という若さでこの曲を書いたポールだが、歌詞には透けて見える哀愁がある。実は10年前に母を亡くしており、その喪失感が作品の影に影響を与えていたのではないかと本人も考えている。「なぜ彼女は去らねばならなかったのか」というフレーズは、失った母への思いが投影されたものだったのかもしれない。
シンプルでありながら重厚なサウンド
レコーディングではポールのギターとボーカルのみのシンプルなアレンジだったが、プロデューサーのジョージ・マーティンがストリングスの追加を提案。最初はロックバンドとしてのアイデンティティーを重視したポールは難色を示したが、試しに録音してみることに。するとストリングスが奏でる重厚なサウンドが、曲の深みと重要性を一気に高める効果があったことが分かった。こうして偶然の一言が、この名曲の時代を超えた永遠の名作たる基盤を固めることになった。
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