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むずかしい平凡 自句自解 第一章「むずかしい平凡」

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拙句集「むずかしい平凡」の自解を行っています。もしよければ俳句を楽しみつつ、お付き合いください。
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28 流星や子規にも賢治にも妹

28 流星や子規にも賢治にも妹

 句集「むずかしい平凡」自解その28。

 あるとき、そうか、正岡子規にも宮澤賢治にも妹がいたんだなあ、と思いました。

 子規の妹、正岡律は子規が病を得てからというもの、献身的に看病し、子規の最期を看取りました。

 賢治の妹、宮澤トシは、賢治よりもはやく病を得て、24歳の若さで逝去。賢治のよき理解者であっただけに、賢治にとってはショックが大きかった。賢治の心象スケッチ「永訣の朝」は有名ですね。

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27 草に立てば我も草なり螇蚸(ばった)くる

27 草に立てば我も草なり螇蚸(ばった)くる

 句集「むずかしい平凡」自解その27。

 あぜ道というか、草の道というか、そんな草ぼうぼうの道を歩いた時のこと。

 あっちゃこっちゃからバッタがはねてこっちに飛んでくる。

 ふっつは「あっちこっち」なんだろうけれど、このときはほんとにランダムに「あっちゃこっちゃ」という感じでした。東北の人がこんなふうにこの言葉を使いますね。

 で、まったくバッタども、お前ら、おいらのことを草だと思ってるん

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25 秋燕や現地解散してから旅

25 秋燕や現地解散してから旅

 句集「むずかしい平凡」自解その25。

 グループで旅行などして、わいわいがやがや、一泊二日くらいのにぎやかな時間を過ごして、じゃあこのへんで、現地解散で、また会いましょう、などと言って、みんなと別れる。

 たいていはこれで帰途に就くわけですが、これで終わるのももったいない。ちょっとどこかへ立ち寄ってみようか。

 なんとなく、そんな気分のときに、秋の燕が空をよぎっていった。

 と、まあ、そ

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24 銀やんま敵の配球に惚れ惚れ

24 銀やんま敵の配球に惚れ惚れ

 句集「むずかしい平凡」自解その24。

 「敵の配球」というのは、野球のことですね。相手ピッチャーの一球一球の計算された投球に、全く歯が立たないこちらの攻撃陣。累々と凡打の山を築くばかり。

 それにしても、相手ピッチャーの実に見事な配球。こちらの読みを、狙いすましたかのように外して、くやしさや苛立ちを通り越して、もうあっぱれと思うばかり。脱帽状態。

 と、そんなときに銀やんまがすーっとグラン

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18 西日の中謝るためにゆく仕事

18 西日の中謝るためにゆく仕事

 句集「むずかしい平凡」自解その18。

 仕事は仕事でも、こういう仕事はあんまり進んでやりたくない仕事ですね。ただ、立場上こういうことをしなくていけない、そういうときは必ずあります。しかも西日の中。

 学生時代、自動車の部品工場でアルバイトしていたのだけれど、大きな会社から注文を受けて、それを作って納品したその部品に、不良品が出たとある日連絡がありました。夕方の、西日のきつい日でした。なぜかア

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17 幹を這う蛍よ戦病死の叔父らよ

17 幹を這う蛍よ戦病死の叔父らよ

 句集「むずかしい平凡」自解その17。

 父親は昭和12年生まれの末っ子。戦時中は子どもだったため、徴兵されることはなかった。けれども、父の兄たち、つまり、私にとっては叔父たちはみな戦争に取られ、みな死んでいった。叔父はふたりいたようだけれど、私は名前を知らない。フィリピンで死んだと子どものころ聞いたような記憶。

 後年、父親と話すことがあって、それは戦死は戦死なんだろうけれど、戦病死だな、と

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16 祖父病んで父祖の田ただの夏草に

16 祖父病んで父祖の田ただの夏草に

 句集「むずかしい平凡」自解その16。

 これもまあ読んでそのままの句なんですけれど。

 祖父というのは、私自身の祖父のことではありません。知っている若い友人の祖父。じいちゃんが病気なっちゃって、田んぼがすっかり荒れちゃって、とそんなことをボソッとつぶやいていたのが、どこかに残っていたんです。代々受け継いできた田んぼを、父も継いでいないし、自分も継ぎたいとは思わない。だから夏草に任せるままにな

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15 蟻と蟻ごっつんこする光かな

15 蟻と蟻ごっつんこする光かな

 句集「むずかしい平凡」自解その15。

 句集の帯にもこの句を使いました。また、デザインにも登場してもらい、蟻君には大いに活躍してもらっています。

 蟻と蟻がぶつかるように見えたんですね。べつに彼らはなにかを確かめているだけなんだろうけれど。でも、なんだかあの黒い頭と頭がぶつかって、ごつんと音を立てているかのようでした。出会いをしっかり確かめ合っているんだろうか。そして、夏の暑い日差しの中、そ

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14 夫婦喧嘩につつーっと降りて蜘蛛光りぬ

14 夫婦喧嘩につつーっと降りて蜘蛛光りぬ

 句集「むずかしい平凡」自解その14。

 この句は人気ある句ですね。情景はこの句のまんま。

 夫婦喧嘩がだんだん熱くなってきた。たがいに自説を曲げない。相手のちょっとした言葉尻をとらえて責め立てる。過去の間違いも引き合いに出して、だからあんたは、だからおまえは、と果てるところがない。

 そんなとき、天井からつつーっと蜘蛛が降りてくる。夫婦喧嘩の間に入って、蜘蛛がきらっと光る。べつに何を言い出

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13 はつなつの淋しさいちまいの湖

13 はつなつの淋しさいちまいの湖

 句集「むずかしい平凡」自解その13。

 「はつなつ」とあえてひらがなで書きたくなったんですね。

 漢字で書けば「初夏」。これだとふつう「しょか」と読む癖があるので、ここは「はつなつ」と読んでもらいたかった。ならば最初からひらがなで書いてしまえ、と。

 初夏はたしかに気持ちのいいものです。若葉、薫風、青空、などなどなんだかうれしくなる季節。でも、その一方で、どうにも気持ちがふさぐというか、ま

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11 麦秋や空が彼女の遺書でした

11 麦秋や空が彼女の遺書でした

 句集「むずかしい平凡」自解その11。

 麦秋とも、麦の秋とも言いますね。

 六月ごろに麦が実ってくると、枯れた茶色になってくる。季節は夏だけれど、なにか秋の色のような雰囲気。季語の面白さですね。

 麦秋のころの青空が、気持ちいいいような、そして少し物悲しいような、そんな印象で、いつも胸がかるく締め付けられるような感覚があります。

 「空が彼女の遺書でした」のフレーズを具体的には言いたくな

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10 棕櫚咲いてかりっと完璧なトースト

10 棕櫚咲いてかりっと完璧なトースト

 句集「むずかしい平凡」自解その10。

 写真をトーストにしようかなとも思ったんですが、ごめんなさい、探しても完璧なトーストの写真はなかったので、棕櫚にしました。棕櫚のつぼみですね。これからふわっと咲いていくところの様子です。

 季節はこれも初夏。あかるく、からっとした風が吹くような天気の朝。

 完璧なトーストとコーヒーで朝食を食べた。

 ただそれだけの句。それ以上でもなく、それ以下でもな

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9 夏蝶往来木陰はたましいの広場

 句集「むずかしい平凡」自解その9。

 木陰に涼んでいたら、夏蝶がやってきては去り、またやってきては去り、まるで蝶にたちにとっての広場だなあ、と、そんな風に感じていたら思わずこんな句になりました。

 といっても、少しは推敲して練り上げましたけど。

 「たましい」と言ったのは、なにかそこに単なる偶然ではなものを感じたからそんな言い方になったと思うのですが、直接的には、俳句の師、人生の師、金子兜

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8 桜桃忌夜明けとともに新たな雨

8 桜桃忌夜明けとともに新たな雨

  句集「むずかしい平凡」自解その8。

 「桜桃忌」とは太宰治の亡くなった日。6月13日。

 最後の作品が「桜桃」という小品だったこともあって、桜桃忌ということになったし、また時期的にもさくらんぼ(桜桃)が出回ることもあります。

 太宰治は私も好きな作家。偉ぶらない、率直な人物だったんじゃないかなと感じます。

 まあ、家族にはいろいろつらい思いもさせたんだろうけれど。

 それでも、どこか

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