贅沢な感覚の使い方
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。
私たちはさまざまな感覚を持ち合わせていて、それを自由に用いることができる。
なんだか忙しない日々を過ごしていると、いかに多くの感覚を同時に使いこなせるか、なんてことばかり考えてしまう。
視覚を使ってパソコンを見つめながら、
聴覚を使って音楽を取り入れる。
聴覚でラジオを楽しみながら、
嗅覚を使ってお香を楽しむ。
それらの中には、ほとんど無意識のうちに触覚も含まれている。
同時並行で感覚を使えることは、確かに効率化をもたらしてくれる。
空いている感覚を使うことで、時間を上手に使いこなせるようにもなる。
それはそれで、贅沢な方法かもしれない。
でも、ずっとそんなことを考えていると、なんだか疲れてしまうのです。
あれもこれも、同時に頑張って、もっともっと、って。
目も耳も、鼻も口も、手も。
全部が一杯になって、それ以上何も持つことができなくなる。
忙しない毎日を求められる今、私たちにとっての贅沢は入れ替わった。
感覚を使わないこと。
ひとつだけ選んで、その感覚だけに集中すること。
本を読む時、本の世界だけに入り浸ること。
音楽を聴く時、一音も聴き逃さないように聴くこと。
アロマを楽しむ時は、その香りだけに包まれること。
食事を取る時は、その旨味だけを存分に味わうこと。
余白があるから、楽しめる。
こんな贅沢って、ほかにない。
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