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くにん
2020年5月17日 23:10
「月の砂漠のかぐや姫」は、今でない時、ここでない場所、人と精霊の距離がいまよりももっと近かった頃の物語です。「月から来たもの」が自らの始祖であると信じる遊牧民族「月の民」の少年少女が、ゴビと呼ばれる荒れ地を舞台に、一生懸命に頑張ります。 物語世界の下敷きとなっている時代や場所はあります。時代で言えば遊牧民族が活躍していた紀元前3世紀ごろ、場所で言えば中国の内陸部、現在では河西回廊と呼ばれる祁連(
2021年5月23日 19:59
ザァアッ。 二人の間を、一陣の風が吹き抜けました。 その風が二人の体をその場に留めていた何かを、取り去ってしまったのでしょうか。 風が通り過ぎた次の瞬間に、冒頓が、そして、母を待つ少女の奇岩が、相手に向かって走り出しました。 冒頓に向って正面から走り来る母を待つ少女の奇岩は、両手をだらりと後ろに伸ばしていました。冒頓は先ほどの戦いで、砂岩でできているはずのこの両手が鞭のようにしなって仲間
2021年5月19日 23:43
「チィィ、くそっ」 冒頓は短剣を横に払って彼女の胴を切ろうと動きましたが、既に彼女は彼の横を走りすぎて後続の男たちの中へ飛び込んでいました。 足を止めて多数の者に取り囲まれるのを嫌っているかのような彼女の動きは、冒頓たちが騎馬で多数の者と戦う際の動きに似ていました。実際に自分たちよりも素早い彼女にこのように動かれると、冒頓たち護衛隊にとって非常に厄介になるのでした。「そら、そらぁっ! くぅっ
2021年5月15日 22:47
冒頓の心の中で鳴り響いていた警報は、母を待つ少女の奇岩の姿に即座に反応しました。「アレは危ない! アレは危険だ! 逃げろ! 逃げろ!」 もちろん、逃げるという選択肢など、冒頓が選ぶはずはありません。それでも、これまでに彼が様々な相手と戦って培ってきた経験は、なんとか彼の足を反対に向けようとして、心が割れんばかりの勢いで警報を鳴らし続けるのでした。「どこがどう変わったか知らねえが、迫力だけは
2021年5月13日 22:01
「おいおい、何を始める気だ。冗談じゃねぇ、付き合っちゃいられねえぜっ」 母を待つ少女の奇岩が何を行おうとしているのか、冒頓にわかるはずがありません。しかし、「アレを放っておいてはいけない」という警報が、彼の体内で鳴り響いていました。 それに、母を待つ少女の奇岩が、煽り言葉に反応して後退するをやめて冒頓に注意を向けてくれたのは、この上もない好機です。この機会を絶対に逃すわけにはいきません。「い
2021年4月25日 14:30
「憎いとか言ってたのは、なんなんだあっ」 冒頓は必死で短剣を振るって、次から次へと目の前に飛び出してくるサバクオオカミの奇岩を打ち倒し続けました。胸を激しく上下させつつ前へ前へと進みながらも、その苦しい息の中から大声を絞り出しました。 その大声を止めようとしたのか、冒頓の喉元をめがけて新たに飛び込んできたサバクオオカミの奇岩がありましたが、彼はその体の下に潜り込むと、腹の中へ短剣をずぶりと差し
2021年4月18日 17:50
「そらそらそらぁっ。よし、次ぃ」「左からくるぞっ。前は俺が受けるっ」 男たちは互いに声を掛け合いながら、サバクオオカミの奇岩の牙と爪から自分たちを守っていました。 でも、彼らの方からサバクオオカミの群れの中へ躍り出て戦おうとはしませんでした。勢いに任せて単独で行動しがちな踏独(トウドク)でさえもです。 それは、連携を組んで戦うのも、自分の剣技を奮って戦うのも、しっかりと相手の位置を認識でき
2021年4月15日 21:31
月の砂漠のかぐや姫 第174話「イナイ・・・・・・。ドコ、ニイッタ・・・・・・」 目標に向かって真っすぐに走りこんで来たサバクオオカミの奇岩たちには、急に真横に動いた冒頓たちは、まるで消えてしまったかのようにさえ思えたのでしょう。 それらに指示を送っている母を待つ少女の奇岩の戸惑いが、冒頓たちには感じ取れました。 初手は冒頓の想定通りに進みました。自分たちが馬に乗っているのであれば、ここで
2021年4月11日 16:57
「羽磋殿、俺がきっと敵を討ちますっ。オオッオオオッ!」 ひとまずは馬を捨て置くことにして、全員でサバクオオカミの奇岩に向けて駆けだした護衛隊。その中でひときわ大きな声を上げていたのは、後方を走る苑でした。 既に苑は、青く輝く飛沫に見せられていた世界の中からは、抜けだしていました。「羽磋たちが崖から転落した」という皆から聞いた話を基にして、彼が頭の中で作り上げていたその世界は、苑にとってはとても
2021年4月7日 23:27
奇岩たちは、既に大地の裂け目を回り込み、冒頓たちの正面からまっすぐに迫ってきていました。 サバクオオカミの奇岩の四肢が大地を蹴る力強い音が、どんどんと大きくなってきました。 大型のサバクオオカミの背に乗りながらこちらの方に顔を向けている母を待つ少女の奇岩の姿が、しっかりと見分けられるようになりました。 人間のような眼を彼女が持つはずがないのに、母を待つ少女の奇岩が恨みのこもった眼で自分たち
2021年3月27日 22:36
「おおおっっ!」 ヤルダンの赤土の上で冒頓は叫びました。さらに、気合を入れるように自分の頬を両手でバチンと叩くと、冒頓はぶるぶると頭を振りました。その目は、自分の記憶の中を見つめるぼんやりとしたものではなくなり、敵の姿を求めてギラギラと輝くものに戻っていました。 青く輝く飛沫によるものか、彼も他の男たちと同様に、心の奥に閉じ込めていた辛い記憶を呼び起こされていました。しかし、その記憶に捕らわれ
2021年3月24日 20:24
ザザワッ・・・・・・。 早朝の冷たい風が、冒頓の肌を冷やし、足元の青々とした草を揺らしました。 冒頓は遠くの方で行われている戦いの様子を見極めようと、じっと目を凝らしていました。 え、朝? それに、足元の草? 冒頓たちはいま、夕刻が迫ったヤルダンの赤土の上にいるのではなかったでしょうか。 もちろん、実際に冒頓の体が、急にどこかに行ってしまったわけではありません。肌をなでる早朝の風も足元
2021年3月20日 21:45
「ごめん、緑才(リョクサイ)。ごめんよ・・・・・・。でも、君を連れて行くわけにはいかないんだ。愛している。だけど、僕のことは忘れてくれ・・・・・・。許して、許してくれっ・・・・・・」「何言ってんだ、弁富。俺だ、冒頓だっ。しっかりしろよっ」 冒頓はしっかりと弁富の肩を抱き、その耳元で大きな声を出して呼びかけたのですが、弁富は自分の肩を冒頓が抱いたことにも全く気が付かないようでした。彼は下を向いた
2021年3月17日 22:54
「ああっ。いやだ」「くそ、どうしてなんだっ」 精悍な外見には似つかわしくない悲鳴にも似た叫び声が、次々と他の騎馬隊の男たちからも上がりました。年嵩のいった男と同様に、彼らの中に存在していた「嫌なこと」や「恐れていたこと」が、現実の姿や耳に届く声となって迫って来ているのでした。 激しい大地の揺れで下馬をしていた騎馬隊の男たちでしたが、自分たちの傍らで不安げに首を上げ下げしたり蹄で地面を掻いたり