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月の砂漠のかぐや姫 第174話

月の砂漠のかぐや姫 第174話
「イナイ・・・・・・。ドコ、ニイッタ・・・・・・」
 目標に向かって真っすぐに走りこんで来たサバクオオカミの奇岩たちには、急に真横に動いた冒頓たちは、まるで消えてしまったかのようにさえ思えたのでしょう。
 それらに指示を送っている母を待つ少女の奇岩の戸惑いが、冒頓たちには感じ取れました。
 初手は冒頓の想定通りに進みました。自分たちが馬に乗っているのであれば、ここで再び距離を取って弓矢での戦いに持ち込むところですが、今の護衛隊は馬を置き捨ててその両足で駆けています。それに、武器はそれぞれが手に持っている短剣です。距離を取って一方的に攻撃を加えることはできず、奇岩たちからの攻撃も届く接近した距離で戦わなければなりません。
 そうであれば、せめて相手の態勢が整っていないところで、攻撃を仕掛けたいところです。冒頓は、突撃を空振りした奇岩たちが自分たちの方に向きなおろうとしているその隙を、逃がしはませんでした。
「おめえら、行くぞっ。狙いは、あいつだぁ!」
 短剣を振りかざして号令を発した冒頓を切っ先として、鋭い槍先のようになった護衛隊は、突進を急停止してすっかり態勢の乱れてしまっている奇岩の群れに、切り込んでいきました。
「オラオラアッ。どけどけっ」
 青く輝く飛沫の光が残っていてほのかに発光しているサバクオオカミの奇岩の胴が、冒頓が振り回した短剣でざっくりと割れ、内部の赤土が血に濡れるはらわたように飛び出しました。奇岩の肌は青く輝く飛沫によって幾分かの強化がされているようでしたが、それは護衛隊の短剣が通じないということを意味するものではなさそうでした。
 しばしば交易路で交易隊を襲ってくる野生の砂漠オオカミであれば、これで十分深手を与えたと言えるのでしょうが、これまでのサバクオオカミの奇岩との戦いから、冒頓はその常識が彼らには通用しないことをよく認識していました。
「ほらよっ、喰らいやがれっ」
 動きを鈍くしたサバクオオカミの奇岩の首を短剣で叩き落してしっかりととどめを刺すと、冒頓は顔を上げて目的の相手の姿を探しました。
 母を待つ少女の奇岩。
 冒頓が目指す相手は、それだけでした。
 ウウオオッ! オオオンッ!
 サバクオオカミの奇岩も、自分たちに向かってきた獲物に対して、大きく口を開いて反撃の声を上げました。
 感情を持たぬ砂岩の塊であるサバクオオカミの奇岩です。自分たちが襲い掛かろうとしている相手が逃げるのではなく、反対に自分たちの群れに襲い掛かってきたのであっても、うろたえはしませんでした。
 それどころか、彼らに形を与えた母を待つ少女の奇岩の怒りが乗り移っているのでしょうか、護衛隊の男たちの姿が目の前に迫って来るのを見ると、彼らは興奮を押さえ切れないかのように口を開け閉めし、飛び掛かることができるところまで男たちが近づいてくると、直ちに飛び掛かっていくのでした。
 護衛隊の先頭に立ってサバクオオカミの奇岩の群れの中へ切り込んでいった冒頓に対しても、彼が倒した奇岩の両脇から新手の奇岩ニ体が現れました。それらは、彼に向かって大きく跳躍してくると、彼を地面へ引き倒そうとしました。
「冒頓殿っ!」
 冒頓に向かって振り下ろされた奇岩の前足が彼の肩に触れる直前に、冒頓のすぐ後ろについていた弁富らが素早く踏み出して、その前足を空高く切り飛ばしました。
「おうっ」
 冒頓は自分の部下が助けてくれると信じていたのでしょうか、その動きを予想していたかのように彼が上半身をかがめると、前足を切り飛ばされて体勢を崩したサバクオオカミの奇岩は、彼の背後の地面に崩れ落ちました。
 そのとどめは部下に任せて、冒頓はさらに前へ進みました。
 冒頓は前方のサバクオオカミの奇岩が飛び掛かって来る前に、先んじて距離を詰めました。そうすることで、自分に対して相手が襲い掛かってくる角度を限定するのです。そして、相手が自分に飛び掛かってくるその瞬間に合わせて、短剣を押し出すのでした。そうすると、相手の飛び込む力と自分の剣をふるう力が合わさった結果、冒頓に飛び掛かった奇岩の塊は、まるで熟した瓜であったかのように、容易く切り割かれるのでした。
 次々とサバクオオカミの奇岩を切り裂いて砂に還している冒頓の背後でも、護衛隊の男たちは勇敢に戦っていました。
 遊牧民族が戦で用いる主な武器は弓矢でしたが、護衛隊の男たちは剣技にも秀でていました。それは、彼らは東の秦から西の西安(パルティア)やローマまで、交易隊と共に長い旅をしていましたが、その中で彼らが戦わなければならない相手は、盗賊だけではないからでした。むしろ、夜営の最中に群れを成して襲ってくるサバクオオカミなどの野生動物の方が、盗賊よりも恐ろしい敵であるとさえ言えるのでした。暗闇から表れて宿営地を襲ってくる野生のサバクオオカミやユキヒョウ等に対して、馬に乗ってから立ち向かう余裕などはありません。ただでさえ素早く動く彼らに、暗い中で離れた所から矢を射ることもできません。交易隊の仲間や駱駝などの動物を守るためには、とにかく急いで剣を持って駆け付け、焚火の明かりを頼りに戦わなければならないのです。そのため、護衛隊として活動することになった彼らは、幼少のころから身に着けていた弓矢の技に加えて、短剣や槍を操る術も訓練し習得していたのでした。




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