見出し画像

『けものみちのにわ』の奥のこと──作者 水凪紅美子が語る創作ウラ話!

9/4『けものみちのにわ』発売です

小学5年生の風花(ふうか)のおじいちゃんの家のとなりには、“けものみち”と呼ばれる場所がある。おじいちゃんの家を中心にあらわれる、ときにおそろしく、ときにあたたかい、不思議なものたちとの交流を深めていく風花。そのなかで、普段はひょうひょうとして明るいおじいちゃん自身の秘密が明らかになっていく。
「人はだれでも、知らない場所から来て、知らない場所へ行く」ということをテーマに、となりあう不思議と日常を描いた物語。小学校中学年から。

けものみちのにわ』(作/水凪紅美子 絵/げみ)BL出版


 「わたし、前に ここに来たことがある気がする……」
 そんな風に感じる場所って、みなさんありますか? 本当に来たことがあるかもしれないし、本当は来たことがないかもしれない。『けものみちのにわ』をはじめて拝見したとき、そんな日常のなかでふと感じる”不思議”を、とてもあたたかく、やさしく物語にしているなあと感じました。
 「こわいもの」と「ふしぎなもの」って、紙一重で、どちらもよくわからないという部分があると思うのですが、水凪さんの物語では、ちょうど良い塩梅で、日常のなかにある(かもしれない)「ふしぎなもの」が描かれています。
 全14章の短編で紡がれる不思議と日常の物語が、どのようにして作られたのか、げみさんの装画についてなど、『けものみちのにわ』作者の水凪さんから、たっぷりおはなしを伺いました!


水凪 紅美子(みなぎ くみこ)
北関東造形美術専門学校グラフィックデザイン科卒業。第8回ミツバチの童話と絵本のコンクール最優秀童話賞、『くじらすくい』で第35回日産 童話と絵本のグランプリ童話大賞を受賞。ほかの作品に、アンソロジー『百物語 3.嘆きの恐怖』(文溪堂)がある。群馬県在住。

https://blog.goo.ne.jp/ameno16rain
X(旧Twitter)

げみ
書籍の装画や広告などさまざまな作品のイラストレーションを手がけ、幅広く活動している。著書に画集『夜の隙間に積もる雨』、「乙女の本棚」シリーズ(ともに立東舎)など。東京都在住。

http://gemi333.com/
Instagram
X(旧Twitter)


水凪紅美子さんインタビュー

◇きっかけ

──『けものみちのにわ』を書こうと思ったきっかけを教えてください。

 アイディアの種は、実際の体験です。作品中におじいちゃんの体験として出てきますが、放送大学の考古学授業のフィールドワークで、それこそ、けものみちのようなところを辿って河原に下りたことがありました。細い道に笹が被さっていて、それを先生が鉈で切り払っていくのです。鋭い切り口が刺さりそうで怖いし、前日の雨で濡れた草に滑るしで散々だった、と話したら、「それは物語になる」と言ってくださった方がいて、「へえ、私の平凡な日常も物語になるんだ!」と驚いたものです。

フィールドワークでの写真(けものみちの入り口)
フィールドワークでの写真(けものみちを下りた先の河原)

 でも、実際に書いたのはその数年後で、きっかけは合評会でした。私はそれまで創作同人や合評会に参加したことがなく、ひとりでぽつぽつ書いていたのですが、参加してみると、その会がレベルが高かったこともあり、他の方とは力の差がありました。最初の二回くらいは書きためていたものから出していたのですが、今まで書いたものの中には、もう出すにふさわしいものがない、と悩み、思いきって一から新しいものを書きました。合評に臨むときには、緊張して恐ろしいくらいの気持ちでした。でも、幸い前に出した作品より反応が良く、「あ、これでいいんだ! 自分の好きなもの書いていいんだ!」と思いました。
 その作品が『けものみちのにわ』の前身です。ちなみにそのときは、春夏秋冬一話ずつ、「箱畑」「菜獣」「星柿」「雪鳥」の四話だけでした。

◇『けものみちのにわ』目次
序章  はじまりの花
三月  箱畑(はこばたけ)
四月  桜風(さくらかぜ)
五月  斑烏(まだらがらす)
六月  雨歌(あまうた)
七月  祈り石(いのりいし)
八月  菜獣(さいじゅう)
九月  灯の花(ともしびのはな)
十月  星柿(ほしがき)
十一月 陽ノ雫(ひのしずく)
十二月 月の虹(つきのにじ)
一月  氷闇(こおりやみ)
二月  雪鳥(ゆきどり)
終章  むすびの夢

けものみちのにわ』は全14章


◇アイディア

──『けものみちのにわ』は、全14章でそれぞれの物語の雰囲気もさまざまですね。物語を考えるとき、アイディアはどのように浮かぶのですか?

 自分の日常の体験からが一番多いです。フィールドワークのときのように強い印象が残った体験からのこともありますが、自分でも何がきっかけかわからず、後になって、「あ、あのことが元になっているのかも」とようやく思いあたるような、ささやかな体験のこともあります。本で読んだことや、友達との会話のなにげない一言からふっとアイディアが浮かぶこともあります。
 それから、自分は音楽的な才能が全くなく、楽器は何もできないし、何かに呪われているんじゃないかと思うくらいの恐ろしいリズム音痴なのですが、音楽を聴くのは大好きで、素敵な音楽を聴いているとき、行きづまっている作品の打開策がふと浮かぶこともあります。


◇お気に入りの場面

──『けものみちのにわ』のなかで、水凪さんご自身が気に入っている章や場面を教えてください。

 「箱畑」の大根をぬく場面、「陽ノ雫」の小鳥を捕まえる場面、そして、「菜獣」のゴーヤ怪獣を見つけるシーンです。
 とくにゴーヤ怪獣かな。私の家では実際に、夏はグリーンカーテンとしてゴーヤを植えるのですが、ゴーヤの果実はまだ2センチくらいのサイズの頃からちゃんとゴーヤで、ボコボコした形が恐竜みたいでめちゃくちゃ可愛いなぁ、と思っていました。思えばそれも物語を書くきっかけですね。だから、え、ここ? と思われるかもしれませんが好きなのです。

水凪家でとれた、熟れたゴーヤ
熟れたゴーヤの赤くなった種
(完全に熟れると、緑色の外側が黄色に、中は真っ赤になる)
「八月 菜獣」より ゴーヤ怪獣

 合評会のときや、友だちに読んでもらったとき、お気に入りの章がその人によって違うのも面白いなぁ、嬉しいなぁ、と思っていました。


◇絵について

──ゴーヤ怪獣もかわいく描いてくださった、げみさんの装画や挿絵もすごく素敵ですよね。

 本文中の挿絵も素敵ですが、とくに表紙絵がとてもとても好きです。自分の物語が本になったとき、こういう表紙だったらいいな、という妄想が形になったようで、初めて見本を見せていただいたときは感動しました。手前は暗いけれど奥は仄かに明るく、あたたかさのようなものが感じられるのがとくに好きで、すうっと絵のなかに引きこまれてしまいそう。素敵な世界を描いていただいた、げみ先生には本当に感謝です。ありがとうございました。
(機会があったら直接お礼を申し上げたいのですが、畏れ多い気もします)
 表紙を見た方が、けものみちに足を踏みいれたくなってくれたらいいな、と思っています。

『けものみちのにわ』表紙を広げたところ


◇苦労したこと

──ストーリーを書きすすめるにあたって難しかった場面や表現はありましたか? また、そのときは、どのように書きあげたのでしょうか。

 いや、正直難しい場面をどうやって書き上げるかは、こっちが知りたいんですけど、と思いました(笑)
 ちょっとコミカルなシーンや、ふと不思議なものに出会う場面。そういう部分はわりと苦労なく、するする書けて楽しいのです。でも、シリアスなシーン、登場人物の心情にせまるシーンは難しい。その人物の心になれていなくて、自分の生の言葉になっていないかと自問自答するし、伝えたいことが届くのかも不安なのです。これはもう、自分の物語と向きあってとことん考えるしかないのかな、と思います。
 あと、長い物語を矛盾なく、過不足なくまとめるのも難しい。まずプロットをしっかり作り、推敲あるのみ、かな、と思いますが、まだ答えが見つかっていません。これからの課題です。


◇作中のモデル

──『けものみちのにわ』では舞台となる場所についても描写がこまやかですね。物語を制作するうえで、土地や登場人物などのモデルにしたものはありますか?

 おじいちゃんの家のあたりは、群馬県前橋市の富士見町、というところがモデルです。富士見、というくらいだから、昔は富士山が見えたのだろうな、と思っていましたが、住民の方から「今でも空気の澄んだ晴れた日には、かすかに見えることがある」と聞いてびっくりしました。街中より高い位置にあるので、前橋市街が見下ろせます。夜は夜景が見事だろうな、と思い、そういう描写も物語に入れてもよかったのかな、と後になって思いました。

フィールドワークでの写真(作中に登場する”けものみち”の大石のモデルのひとつ)

 モデルになった人については、私は友だちなど身近な人をイメージしてキャラクターを作ることはよくあるのですが、『けものみちのにわ』の登場人物については、はっきりしたモデルはいません。風花(ふうか)は、その名前の”かざはな”からのイメージかな、と思います。風花は雪片なのだからもちろん冷たいですが、花、のなかにあたたかさがあるような気もするし、軽やかさもある。そんな女の子にしたいなぁ、と思って書きました。


◇民俗学について

──作中には、民俗学にかかわる事柄もたくさん登場します。水凪さんが民俗学について興味を持ったきっかけなどはありますか?

 まず、断っておかなければならないのは、自分は特に民俗学に詳しくない、ということです。ただ、子どものころから不思議な話が好きで、ノンフィクション含めて色々な話を読むうち、小学校高学年のころには、人はどこから来て、どこに行くのだろう、ということが、人類のルーツ、という面でも、生まれてきて、いずれ死ぬ、ということからも、気になるようにはなっていました。
 また、私は一応デザインの学校を卒業したので、失業して仕事を探すときはハローワークで技術系の仕事の情報を見ていたのですが、そこに考古博物館の受付の募集が載っていました。こんな仕事もあるんだ! と興味を持って面接を受けたらなぜか採用されました。入ってみると同僚は当然歴史に詳しく、学芸員資格を持っている人もいて、自分はどうして受かったのか不思議に思っていたのですが、勾玉作り体験の説明パネルのカットを頼まれたり、閑散期には展示室の模型台の傷などをペンキで補修したりしたので、「私はこのための要員だったのか!」と思いました。
 でも小さな博物館だったので展示解説などもするし、そうすると当然最低限のことは勉強しなければならないのですが、それが思いがけず面白かったのです。また、物語の種もたくさん転がっているな、とワクワクしました。
 そんなことがきっかけで、遅ればせながら考古学や民俗学をもっと知りたい、と思うようになりました。これからも少しずつ、勉強していきたいです。


◇物語を書くこと、「本」を作ること

──創りだした物語を「本」という作品にしていくなかで、感じたことや大変だと思うことはありましたか?

 大変なことは大ありですが(笑)、強く思ったのは二つのことですね。
 ひとつは、自分では作品全体のことをわかっているので、読者の方もわかっているような気になってしまって、説明が足りなかったり、誤解を生む表現だったりしたことに気づけないでいた、ということですね。編集者の方に指摘されたことはいちいちもっともで、なぜ自分で気がつけなかったんだろうと、とても恥ずかしく思いました。

校正原稿の一部

 そしてもうひとつは矛盾しているようですが、自分は自分の作品を、実はわかっていなかったのだ、と思いました。ここの句読点は取りましょうとか、表現を統一しましょうとかの具体的な校正だけではなく、もっと読者に寄りそってほしい、とか、ここはもっと描写を考えなおしましょうとか、すぐには答えの出ない指摘を頂くこともありました。体で言うと背骨というか、建物で言うと土台や柱というか、そういうものがしっかりしていないと、その指摘には応えられないと知りました。それが、物語のテーマ、というものではないかと。自分は何をこの物語で伝えたいのか、そのことに向きあわされたような気がしました。
 でも、どうしたらいいかわらないよう、と頭を抱えているうち、ふと、もつれた糸がほどけるように打開策が見つかると、心の底からすっきりしました。また、自分だけではたどり着けない場所にたどり着いた、という感動もありました。


◇読者へのメッセージ

──ありがとうございました! 最後に、読者のみなさまへのメッセージをお願いします。

 私は極めて単純な人間なので、伝えたい想いも単純です。とにかく、面白いと思ってほしい!
 この『けものみちのにわ』、けっこう高価ですよね。割といいランチが食べられちゃうお値段。その、美味しいものを食べたときの、「おいしかった! 幸せ!」という気持ちに、少しでも近づけるのかな……と、不安に思っちゃいます。
 読んでくださった方が、ああ、面白かった、と思っていただけたら、これ以上の幸せはありません! どうか、楽しんでくださいますように。

2023年8月 水凪紅美子


水凪さん、本当にありがとうございました!
みなさま、『けものみちのにわ』をどうぞお楽しみください!

けものみちのにわ



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?