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占いやおみくじを信じてみようと思うようになった理由

私はここ2年くらいで占いやおみくじを信じてみようと思うようになりました。それまでは全く興味がなく、信じる気もありませんでした。

今回は占いやおみくじを信じてみようと思った理由について書いてみます。

理系なので非科学的という理由で信じていなかった

私は工学部出身なので非科学的な考え方が嫌いです。人によっては非常に迷惑がります。そんなんだから占いやおみくじなんて非科学的だし、エンターテインメントの1種だろうと思っていました。

しかし最近は占いやおみくじに対して「ものは捉えよう」と思っています。

年を取って自力でどうにもならないことが増えた

社会というのは若い方がチャンスや将来性があり、年を取ると社会的な制約が増えてきます。そして現役でいられる残り時間も減ってきます。こういうものが組み合わさって、年と共にどうにもならないことが増えてきます。

人生を振り返ってみると、ああしていればもっと上手くできたとか、あれは失敗だった、思ったより上手く行っていないという経験が色々思い起こされます。

一方で仕事内容に関しては若い頃よりも他人依存のことが増えます。他人に関しては自力でどうこうできるわけでもなく、やろうとしてもしつこいだけです。基本的には信じて任せるものです。

昔の為政者は重要な事項の決定に占いを活用しました。実は自力でどうにもならないことの方が圧倒的に多かったからではないかと思っています。家臣や国民を全員思い通りに動かせるわけではないですし、災害や他国の侵略だっておきます。住民が反乱を起こしたり、賊が暴れたりすることもあるでしょう。

自分がコントロールできる範囲を知っていて、なおかつ正解がない中で決断しなければならないからこそ、占いを参考にしたのではないかと思います。真偽は文化などを専門とする学者に聞かないと解りませんけどね。

捉え方次第だと思う

人生や仕事において、正解がない中で決断をしなければいけないシーンは沢山あります。マネジメントの仕事など正解がない中での決断の連続です。たまに正解を教えてくださいという人がいますが、私はそういう姿勢が嫌いです。もちろんにこやかに対応しますけど。

占いやおみくじに書かれていることは、割と教訓めいたことが多いなと感じます。今は健康に気を付けようとか、人との縁を大事にした方がよい、チャレンジが実を結ぶなどです。その時々の自分の状況に当てはめて考えてみると、これは気を付けないとなぁ(健康に気をつけろと書いてあったりね)とか、ここは思い切ってやってみようかなと思えたりします。

要するに占いやおみくじが正しいかどうかではなく、捉え方なのだと思います。多くの人に当てはまる一般的な解が書かれていて、それを自分に当てはめて考えてみることが大事なのかなと。

運勢が悪いなら気を付けることに重きを置けばいいし、運勢が良ければ勢いよくやってみればいいのです。書いてある内容を活かすということですね。

おわりに

最初に占いを気にしたのは、所属していたベンチャーが経営に行き詰ってIT土方に吸収合併されてしまったときでした。ブラック企業の末端社員となり、先行きが全く見えなったときです。そんなとき、転職を意識して占いを見てみました。そしたら運勢がこれから上がるからチャンスがあると出てきました。何の占いだったかは覚えていません。

転職後は日光に行ったときにおみくじ付きのカステラを土産に買いました。これを参考にしました。そろそろ新しいおみくじでも引きたいものです。または今年の運勢を占ういい占いがないかなぁと。

こうやって捉え方次第と思ってやってみると、占いやおみくじはいいものかもしれません。

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