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【短編読切:文字の風景⑮】黒い部屋

4畳半程度の広さで、天井も壁も床も、一面黒く塗りこまれている。

この部屋には何も物が無い。私の背後にはトイレがあるが、それも目を細めないと視界に捉える事が出来ない。

何故なら、照明も窓も無い部屋だからだ。

もしかしたら、他にも何か落ちているかもしれないが、壁を伝って1周しても何も障害物は無かったので、殺風景な部屋である事は変わりない。

ここでは、私は思考を巡らせるくらいの事しか出来ない。時折立ち上がり、2.3歩回ってまた座る。用を足し、うたたねをし、そしてまた終わりの無い思考の渦に飛び込んでいく。

目的は無く、その思考は観測に近い。目から掴んだ事象が脳へと運び込まれ、風景は分解されて文字へと変わる。その文字は、注意深く拾い上げないと黒い渦の構成要素の一つとなり、二度と出会えることは無い。

だから、私は思考以外の事象を行う余裕が無い。

ただし勘違いしないで欲しい。
私はいつでもこの部屋を出る事が出来る。
決して閉じ込められている訳では無いのだ。
だから、安心して欲しい。


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