片桐継

ここでは、ひっそりと、物語を書き綴っています。 恐竜と人が生きる、小さな箱庭の世界の…

片桐継

ここでは、ひっそりと、物語を書き綴っています。 恐竜と人が生きる、小さな箱庭の世界の断片を時系列にて。 まとめマガジンは「起承転結」の4冊予定。現在「起」が完結。 「承」は1章/週のペースで更新します

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  • 恐竜元年:承

    その星は生きている星 小さく、青く、強く、か弱く 愛しい約束に抱かれ、優しい記憶を抱いて、 暗闇に眠る、美しい星……

  • 恐竜元年:起

    その星は生きている星 小さく、青く、強く、か弱く 愛しい約束に抱かれ、優しい記憶を抱いて、 暗闇に眠る、美しい星……

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恐竜元年:終わりの物語

その星は生きている星 小さく、青く、強く、か弱く 愛しい約束に抱かれ、優しい記憶を抱いて、 暗闇に眠る、美しい星…… 最初の世界と最後の都市 かつてこの世界にあったと伝えられている最後の都市の名前を、今では誰も覚えてはいなかった。栄華を誇った彼らを語るものは既に無く、彼らを知る生命達の繁栄もまた、歯車の小さな掛金。 欠け落ちて、失われてまた現われて、生まれ滅びて繰り返す、廻り続ける連鎖の中で、遠く薄れていく記憶は時間に埋もれ、永遠とも思えたそれにさえ本当の終わりが見えた時

    • 恐竜元年:始まってからの二日間の物語

      15:トゥシとヴァシェとバードル・ダブスバードル邸は昼食の時間を迎えていた。主の居室から間続きの食卓室、主と彼が認めた客人のみが使う部屋に三人分の料理が用意され、主の横に侍従、卓を囲んで数人の侍従士が隙の無い動きでテキパキと世話を焼く。皺一つない羽毛を織り込んだ綾、水を弾くように作られている特別で高価な白い敷布をかぶせた立派な円卓には、主食であるシダの実の粉を練り上げた団子、貝の蒸し煮、魚肉がたっぷりと入った大椀が銘々にあり、希少な球果の柔らかいところだけを削り出して練りこん

      • 恐竜元年:始まってからの二日間の物語

        14:タツマと韻――オハヨウ いつもの朝、いつもの変わりない竜が機嫌よく隣人に鼻面を寄せる。彼らにとって相手の髪の色がどう変わったとしても、それは何の問題にもならないという事なのだろう。 (おはよう) 食べたばかりの草の香りに包まれた息を頬に受けながら、タツマはそっと顎の下を撫で 「ご機嫌だね」 穏やかに笑う。 ――ウン、クサ、オイシイノ、ミズ、オイシイノ 心に満ちてくるひととき。 「……」 そんな彼をどう見るのか、ユェズは 「水、汲んできます」 軽々と桶を持ち上げ、はずれの

        • 恐竜元年:始まってからの二日間の物語

          13:独楽(こま)とスグリム大きく完全無比の円を描き、月はまるで太陽のように薄い金色の光を放って空にあった。その眩しさは星をも霞ませる、まるで彼女のように。 ――華奈 見上げる月から (独楽……!) 響く声。見詰め合っている、そんな気がする。 「きっとまた会える」 小さな、けれど強い言葉。 「眠れねぇらしいな、独楽」 窓辺に独り居る彼に、いつのまにか部屋に来たらしいスグリムが揶揄い半分で話しかける。上着を肩にかけているだけの彼は誰が見ても「やった後」と判るだろう姿をしていた。

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        恐竜元年:終わりの物語

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        • 恐竜元年:承
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        • 恐竜元年:起
          26本

        記事

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

          12:トゥシとヴァシェと三本角と少女月が見下ろす夜明け前の荒野、目の前には数多くの《狩人》(ラプトル)の骸が転がっていた。エルデスを脅かしていた群れの一つがこれで壊滅し、第二師団の果たす役目がまずは上々の滑り出しと言っていい。 「……手ごたえがないな」 ふぅ、とトゥシはため息混じりに呟くと息絶えている竜、リーダーらしい特に大きな雌竜の背を軽く蹴る。ドンという鈍い音からもそれがもはやただの肉塊であることが良く知れた。 「一番小さな群れでしたしね」 この規模なら二人で十分だという

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

          11:ラプトル明るい夜だな。 オイラ達の群れは、いつもの狩場とは違う茂みからここに出てみた。 縄張りのギリギリの外、別の奴らとぶつかるかもしれないけれど、来るしかなかった。 だって、今日は絶対に獲物を持って帰ろうって、そう決めていたから。 すると思った通りだ、臭いがする。これは、あのニ本足のものだ。 どうやら美味く無い方のが二匹、走っている。 といってもオイラの速さには全く敵わないものなので問題無い。 リーダーに目配せすると、リーダーも感づいていて、動く尾羽が合図する。 行こ

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

          10:タツマとユェズと棗(なつ)「戻りました」 疲れた声で戸口を空けたタツマ以下三人を 「おかえりなさいまし」 と足音も無く、即答の棗(なつ)が出迎える。表情は暗がりで見えないが、板の間の玄関で帰りを待っていてくれたのだろう。 「あまり遅いので心配しておりました」 「その心配が取り越し苦労でなかったって所がなんともなぁ……」 ぼそと蒔が答え、あら、と棗(なつ)が反応する前に 「あ、でも大丈夫! 全く大丈夫ですよ、棗(なつ)さん! 誰も怪我していないし、返り討ちにしてきましたか

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

          09:ダブ・バードルとエルーメラとミササギ「いかんな……」 アトル皇子が奥羽の末娘を正室に迎える、この話が伝わったのは夜半の事だった。持てる手段の全てを使って皇位への干渉を明言する奥羽に対して、愛人も妻も多くあるにもかかわらず、手駒とも言える子供を望めども望めない自分は一歩も二歩も遅れを取っていると言って良い。 「世継ぎはトキヤ様だ、どうあっても」 後見するアーシェントの遺児。アーシェントの呪いによって皇家が危機になったのだと公言した自分がその子を擁立した理由。風見鶏と揶揄さ

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

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          08:タツマとスグリムとユェズと独楽太陽が地平線に惹かれようとしていた。午後は休めと言われたに関わらず、真面目な二人にはまだ「息抜き」にどうすればよいか、何をしてよいのかが判らなかった。結局はいつもと同じ仕事をし、いつもと同じ日常、いつもと同じ道を帰るという変わりない平凡を選び、いつもの時間に門番に礼をし、いつものように真っ直ぐに下宿へと向かう。竜の皮を着る奴僕は白の門から夏至門までの大通り以外を通ることは許されず、警備の兵士達の視線の中、それを当たり前として、彼らは口をきく

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

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          07:ロード・奥羽とキユラ・奥羽と六郎佐「お館様、火急の件でございます」 午後、第二師団皇帝拝謁の立会いを終えて帰宅し、湯浴みを終えて寛いでいた奥羽の足元、壁を隔てた奥庭に密偵がいた。その私室には彼一人、そして壁の向こうも恐らくは、ひとり。 「五郎佐か」 シージップ邸に送り込んである密偵。表向きは彼の膳所に勤める下男のゴローだが、何代も渡って奥羽家に仕える生え抜きの一人。隠密行動を生業とするその一族は住む国を滅ぼされ追われ、その血族ごと先々代が引き取り、養い育てて各地各家にと

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

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          06:タツマとユェズとショウ・韻「雷竜のトゥシ。名前は聞いたことがあったけど……」 ユェズが誰となしに呟き、積み上げられた飾りを揃えて束ね、捨てる準備にかかっていた。滞りなく済んだ儀式の後、全ての飾りを取り払われて開放感に浸る竜達を視界に入れつつ、堅く反った軸に気をつけながら向きを合わせていく。二人が厩舎に戻ったのは昼過ぎだった。一方のタツマは飼葉桶を竜達の元へ運び、そっとその柔らかい首を撫で、 「よく我慢したね。そんなに何に怯えていたんだい?」 ――コワカッタヨ、アノコ、コ

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

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          05:ヴィクトリアス・シージップとアトル・アトリウム・エルデス都市の喧噪と打って変わり、静かなシージップ邸の部屋で窓辺から街道と群衆を見下ろしていた主人、今は亡き妻の忌日として宮殿から宿下がりをしていた宰相の元に、下女から予定無き客人が来たことがもたらされていた。 「お館様。アトル・アトリウム・エルデス皇子殿下がご来訪にございます」 恋人に会えない日々が続き、寂しさの募っている華奈は明るく振舞うように、だがもれなく淑やかに告げると、次の指示を待つためにゆっくりと膝をつく。サラ

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

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          04:スグリムと独楽(こま)「居やがった」 その宮廷前の門のやり取りを遠くから見ていた男はニヤリと笑う。第二師団の行幸は人の眼を引きつけ、群衆に紛れることで彼らは普段なら入り込めないはずの「壁の中」まで易々と潜り込んでいた。この後の宴のことを考えれば、今夜は遅くまで「壁の中」は無防備だろう。「アーシェントの王族」を探すために入り込んだそこで、まさかの形で獲物を見出した獣の興奮が覚めやらぬのか、二つの影は、まんじりともせずに目的の相手、見事な紅い髪をした竜の男を見据えていた。

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

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          03:トゥシ・怒槌とショウ・韻その日、空に雲一つない快晴の日、トゥシとヴァシェの目覚めはいつもより早かった。昨夜までの連日遅くまで今日の事、今日からの事のために起きていたというのに、その寝不足の影響が全くないようで、むしろ程よい緊張が心地よいのか、洗った髪、研ぎ直した剣、この日のために誂えた新しい服のすべてが新鮮で、高揚を抑えきれないでいる。だが、その足元ではその空気が伝染したらしいティノがピィピィとヴァシェを後追いして落ち着きがなく、時々はトゥシに構ってくれと、ヴァシェに遊

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

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          02:バードル・ダブスと皇帝と正妃「陛下におかれましては、ご機嫌麗しく」 バードルは広間にいて、恭しく最上の礼を尽くしていた。朝の光が降り注ぐそこは、敷き詰められた磨石が光を反射し、その反射は計算し尽くされた柱達の屈折を経て、奥の玉座に自然と集まるように設計されている。初代の宰相、現在の星見一族の頭領として君臨するシージップ家の初代当主が作らせたもので、その高い技術力はエルデスが今日の位置を得るに至った十分な理由を自然と語っているだろう。 「うむ、此度のそなたの世への忠誠、し

          恐竜元年:始まってからの二日間の物語

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          01:タツマとユェズ「これで、準備は終わりだね」 流れ着いて半年が過ぎ、もうすっかり慣れたエルデスという都市の日常のある日、フゥと一息入れて、ユェズはその華奢な腕を晴れ渡った朝の空へぐっと伸ばす。晴れ渡った晴天の日、雨季のはずなのに一滴の雨も無いまま乾季に入ろうとしていたその日は、エルデスにとっても大きな一日となる。 「ああ、ちょっと休もう」 タツマも竜を磨く手を止めた。今ではすっかり手慣れた姿で、エルデス皇帝の所有する獣竜の世話係である奴僕の二人は、主であるショウ・韻の命令

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