恐竜元年:始まってからの二日間の物語
13:独楽(こま)とスグリム
大きく完全無比の円を描き、月はまるで太陽のように薄い金色の光を放って空にあった。その眩しさは星をも霞ませる、まるで彼女のように。
――華奈
見上げる月から
(独楽……!)
響く声。見詰め合っている、そんな気がする。
「きっとまた会える」
小さな、けれど強い言葉。
「眠れねぇらしいな、独楽」
窓辺に独り居る彼に、いつのまにか部屋に来たらしいスグリムが揶揄い半分で話しかける。上着を肩にかけているだけの彼は誰が見ても「やった後」と判るだろう姿をしていた。
「碧(みどり)さんも大変だな……ほとんど毎晩だ……」
ぼそり、と呟くと
「女を知らないからそういう事が言えるんだろうよ、お前は」
らしい答え方をする。
「女は良いぜ。入ってる時なんざ最高だぜ? 特に相性の良い女の逝きかかってる時の中ってのは最高なんだ。碧(みどり)はあきねぇよ、あいつは、いい」
我慢をしないスグリムに、なんだそりゃ? と独楽は呆れ半分。
「知りたきゃ、知ればいい。碧でも他の女でも。穴の開いてるの開いてないの、好みがいたらやってみろ。人生変わるぜ?」
笑う。
「冗談。とてもそんな気にはなれないよ」
さすがにいつもと違い、導火線が長く大人しい。そうか? と受けつつ、
「全く、じれってぇよ、お前は。何をウジウジしてんだかな、らしくねぇ」
言いながら、彼自身、独楽が何を憂いているのかは判っていた。絡みついている「主命」という呪縛が、はっきりと見える。
「どうすりゃ良いのか、それは、簡単なんだけど……。でも、それに迷ってるだけだって、それは、判ってるんだ。ただ、」
「ただ?」
「華奈が……華奈が元気で居てくれているか……笑っていてくれているか……それ、だけが……」
視線が自然と暗い床から夜空へと噴き上げて
(華奈……)
再会できる日は来るのか。夜空に映えている色彩々の美しい北の灯火、その下のどこかに、今も彼女がいる。手が届きそうなくらいに近くて遠い場所に。
「……独楽」
呼ばれ、視線が戻る。相手は先ほどとは違い、静かだがどこか怒りさえある表情。
「残りの力……一つはどうやらエルデスの馬鹿王子が持ってるらしいぜ」
「え?」
「ぶっ殺す奴が増えた」
悔やむ所か、楽しげな言葉尻。
「馬鹿王子にアーシェント、どっちもお坊ちゃまだぜ、気にいらねぇ」
「スグリム……」
「手を汚してみやがれってんだ。人一人殺せねぇ甘ちゃんにあいつが似合うわけねぇんだ」
あいつ、いつのまにかスグリムがそう呼ぶようになった件の力。そこにまるで人格があるとでも言いたげな言葉。
「もう、アーシェントはいらねぇ」
ふと宿る狂気。
「あの馬鹿王子もアーシェントだ。あのタツマとかいう赤毛も。それに宮殿にいるガキんちょも……」
その視線は遠い向こう、頂上で影だけを映す宮殿を見る。
――ぶっ殺してやる……今度は、失敗しねぇ。ぶっ殺す
ただ、ぼそり、と。
「そいつら、まとめて俺が殺してやるよ」
「それが……取引なのか?」
ふん、と相手は答えない。
「この世界から全てのアーシェントが消えたら……はじめて俺たちが、人間が何でもできる力を手に入れることができる」
「本当に?」
さぁ、と誤魔化すような笑いの後、
「……そうしたら、お前は……」
(華奈と?)
答えそうになり、独楽は本能で黙った。求められている犠牲はスグリムの意思なのか、それとも……。聞こえない誰かの嘲笑が独楽には聞こえたような気がしていた。そして、何かに憑りつかれたような友に、言いようの無い不安と嫌悪感が湧き上がるのを止められそうになかった。
(ここにお前が居たら、六郎、こいつに何て言う?)
野火がじわじわと近づいている、そんな予感がした。
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