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『杪冬 【後編】』

普段の日常が特別な日常に変化していく心を彩る物語
この「青彩編」の作品だけ見ても物語は楽しめます。

原作 「この世界を彩るもの」
「この世界を彩るもの」を青彩の視点から描いています。2倍楽しみたい人は是非原作もお読みください。
1章−1 「青春」
1章−2 「青春」
2章−1 「盛夏」
2章−2 「盛夏」
2章−3 「盛夏」
3章−1 「秋声」
3章−2 「秋声」
3章−3 「秋声」
4章−1 「杪冬」
4章−2 「杪冬」

4章−3

私は今日新幹線で地元に帰る。

明日から入院生活が始まるからだった。大学も休学の手続きをした。

新幹線に乗るまでの、電車の乗り継ぎの車内はハロウィンの仮装で賑わっていた。今日はハロウィンだから当然か。ゾンビに仮装する人から、ドラキュラ、魔女、ディズニー、マーベル、天空の城ラピュタに出てくるロボット。最後まで来たら、もう仮装大会と呼ぶべきだろう。

私は今死ぬのが怖い。しかし、今仮装してる人たちはそんなことは考えていないだろう。死人の格好をして今から楽しい街に繰り出すのだから。もしかすると私は病気になっていなかったら、仮装をしていた側だったかもしれない。

そう考えるとその姿は羨ましく思えた。

新幹線に乗車する。平日の午後だったので自由席は余裕で空いていた。その時間は外の景色を眺めながら出来るだけ気持ちを落ち着かせようとしていた。

地元の山形に到着すると少し肌寒い。改札を出るとすぐに両親が迎えに来てくれていた。久々に感じる。

「こっちは少し寒いでしょ?」
「そうだね」
「一先ず、家に帰りましょ」
「うん」
「東京はどうだった?」
「楽しいところが沢山あるよ」
「そっか」

私は不思議と病気であることを忘れていた。両親は本当に偉大だ。いつも変わらず、私にそれぞれの愛を届けてくれる。笑顔に触れるだけで安心する。私は、この2人の元に生まれて本当に良かったと改めて身に沁みていた。

翌日。

車で病院まで行き、入院する施設に案内された。自然に囲まれた病院は、まるで孤立したお城のように美しく、寂しくも感じた。窓から見える景色も自然豊かで本当にここは病室なの?と少し興奮もしている。

でも、そんな興奮は束の間だった。抗がん剤の投与が始まる。
その日の夜は、新しい環境に慣れずになかなか寝付けなかったうえに急な吐き気に襲われた。母は看病で残っていてくれて背中を摩りながら、そばにいてくれた。おかげで少し安心できて眠れた。

1週間後、病院の食事が運ばれてきても食欲がない。食欲だけは私の強みだった気がするが、それすらも簡単に奪われてしまった。そして、身体を動かす事がこんなにも困難だったかと思うほど、強いだるさがある。ひとりの夜は心も体も疲労していくしかなかった。

3週間後、脱毛が始まった。手足も顔もむくんできている。鏡を見なくても身体の変化に気づくほどだった。本当に私なのか、わからない。ショックで私は誰にも会いたくなくなっていた。家族は定期的に来てくれているが、口数が少なくなる。誰かがいてくれるのに、私はひとりのような孤独感がある。

そして、私は少しずつ病気と闘いながらも衰退していくのを感じる。そんな生活も気がつくともうすぐ2ヶ月が経とうとしていた。

外は真っ白に雪化粧をして、クリスマスに向けて街が賑わうのを病室の窓から眺めていた。でも、私には関心も興味もない。ただこの病気と格闘する毎日があるだけだ。

いつもと同じように朝を迎え、私はベッドに横たわりながら窓の外の景色を眺めていた。

すると、ドアをノックする音が聞こえた。いつも通り看護婦さんかと思ったら、そこには見覚えのある姿が立っていた。

「久しぶり」
「えっ!!なんでここにいるの?」

私はこれまでにないほどベッドから飛び跳ねていた。そして、毛布の中に咄嗟に隠れた。

「急にごめん。青彩に会いたくて」

毛布の中で、突然の訪問に驚きと嬉しさが隠せないほど、胸は高鳴っていた。

「来るなら言ってよ!」

と言いつつも私が黙っていたのだから、佐助くんが言えるはずはない。

「ごめん。これだけ渡しに来た」
「ごめん。あまり今の姿見られたくないから、そこのテーブルに置いてて」
「わかった。置いておくね」
「これから、来るときはちゃんと言ってね」

素直な言葉が出てしまった。心の片隅にあった存在が今目の前にいることがこんなにも嬉しいことだと気づいたら涙が出ていた。

「わかった、次からそうする」
「この後、いろいろあるから今日はごめん」

私はただ、泣いている姿を見られたくなかった。

「うん、また来るよ」

そういうと佐助くんは立ち去ろうとしていた。私はずっと聞きたいことが佐助くんにあった。いつ失うかわからない私の命が必死だったのかもしれない。

「佐助くん、ひとつ聞いてもいい?」
「うん、いいよ」
「佐助くんは、小学校のマラソン大会でなんで最後まで走り切ったの?」
「うーん、そうだな。単純にゴールしたかったからかな」

シンプルな応えだった。もう少し聞きたい。

「途中でリタイアは考えなかったの?」
「考えなかったかな。怪我したからとか順位がどうだとか、ゴールしたい気持ちと関係ないじゃん」
「そっか、やっぱり佐助くんらしいね」
「うん。じゃ、またね」

私は病気に負けていたのかもしれない。苦しいとか、辛いとか、見た目がどうだからとか関係ない。私は生きて、佐助くんともう一度笑い合いたい。それが私の願いだと心が訴えていた。私の思う通りに動かない口から、その想いを精一杯伝えた。

「ありがとね」

すると、佐助くんは優しく微笑み返してくれた。私にはそれが全てを受け止めてくれたように見えた。扉が閉まった後は、またいつもの静かな時間が流れる。

「また来てくれるかな」

病室でひとり呟いていた。




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