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『杪冬 【中編】』

普段の日常が特別な日常に変化していく心を彩る物語
この「青彩編」の作品だけ見ても物語は楽しめます。もしよければ、原作もご覧ください。

原作 「この世界を彩るもの」
「この世界を彩るもの〜青彩編〜」
1章−1 「青春」
1章−2 「青春」
2章−1 「盛夏」
2章−2 「盛夏」
2章−3 「盛夏」
3章−1 「秋声」
3章−2 「秋声」
3章−3 「秋声」
4章−1 「杪冬」

私にはもう逃げ道がない。

「それから私は変われたんだと思う。やってみる前から諦めるんじゃなくて、やってみたらできるかもしれない。私も佐助くんみたいになれるかもしれない。って」

佐助くんは小さく頷きながら黙っていた。

「だから、ありがとう。って伝えたくて」

一方的に伝えてしまった。

「そっか、初めて知ったよ」

佐助くんは目を合わせてくれなかった。私は佐助くんには幸せになって欲しい。でも、私にはこのまま2人で幸せになるには時間が足りなかった。

「この後、どうしよっか?」

この後も一緒に居たい。まだいろんなところに行きたい。私はつくづく自分勝手なことばっかり言っている。でも、このまま居ても佐助くんに何もしてあげられない方が辛かった。

「私、今日は帰るね」
「わかった」

綺麗な夕日が照らしていたにも関わらず、私はそのうつくしさに気づくことなく帰った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

異変に気づいたのは、10月17日の1週間前ほどだっただろうか。何もしていないが朝起きたら鼻血が出ていたり、急に目眩が合って少し息切れもあった。こんなことは初めてだったので、少し心配になった私は母に相談していた。母の知り合いに東京で医者をしている友人がいたので、その人がいる病院を紹介された。

私はそこの病院で診察を受けていた。様々な検査をして、私の病気が明らかになっていた。それからの時間は、私にとって何も色がない世界のようにただ、淡々と時間だけが過ぎていくような感覚だった。

日常の生活ができる間は、日常通りの生活がしたいと思っていたので大学にも普通に通っていた。でも、あと1週間後の10月31日には地元の大きな病院に行き、家族が近くにいる環境で入院生活が始まろうとしていた。佐助くんには心配もかけたくないから、このまま黙ってようと思っていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私はいつも通り大学に行き、休み時間になったとき、佐助くんから着信があった。このままで会わないでおこうとする意識と、でも本当は会いたいという無意識が葛藤していた。私はスマホに手を伸ばした。

「もしもし」
「どした?」
「青彩、今日会えたりしないかな?」
「いいよ」
「大学の授業終わったら、広場で待ってるよ」
「わかった」

佐助くんの声が少し震えていたのが電話越しからもわかった。

「おまたせ」

広場で待っていた佐助くんに声をかけた。

「久々だね」
「そうだね。どうしたの?」

世間話もなく、最初から本題に入った。

「来てくれてありがとう。青彩と池袋で別れた後、すごく後悔したんだ。なんであのとき、勇気を出して伝えてくれた青彩の言葉に答えられなかったのか。青彩を引き止めてまでも自分の想いを言葉で伝えられなかったのか。だから、今日は伝えようと思って」

頷きながら聞いていた。

「青彩のことが好きで、自分にとっては特別な存在になった。だから、僕と一緒に居て欲しい」

私の小学生時代からの想いが佐助くんの言葉を通じて、私に伝えられている。本当に奇跡のようなこの瞬間だ。それを感じた私は涙が出ていた。

「ありがとう」

素直な気持ちを伝えた。

「でも一緒には居られない、ごめんね」

奇跡なのに。願いが叶ったのに。今あるのは崩れてしまう私だった。
なんでこんな身体なんだろう。なんで病気になったんだろう。なんで一緒に居たい人といれないんだろう。恨もうと思っても何も恨めない想いが私を支配しようとしていた。

深く頭を下げながらもまた何も言わずに立ち去る事しか、私には考えが浮かばなかった。

立ち去ろうとしたその瞬間に、私の腕が引っ張られた。佐助くんが私が独りでどこかに行かないように、優しくでも力強く引き止めてくれた気がした。

私は、最大限の笑顔で心配かけないように「私は大丈夫」と表現したかった。

でも、私の身体は正直で嘘はつけなかった。本当は一緒にずっと居たい。佐助くんと離れるのが何よりも辛くて痛い。

何よりも嬉しい笑顔なのに、何よりも悲しい涙がそこにはあった。

佐助くんは私の腕をそっと離してくれた。でもそれは彼の最大限の優しさにも感じた。

立ち去った私は涙が止まらない。

でも、最後に会ってよかった。

そばには居ないけど、私の心には佐助くんが居る気がしたから。

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