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うつ病に苦しんでいた過去の実体験を語ったノンフィクション小説~悲しい愛 後編~

 こちらは後編になります。
 お手数ですが、前編からご覧ください。


なぜボクは裏切られる

「遅くに行ったほうが、女の子が多くなるか」
 シゲちゃんが言ったので、件のガールズバーの近くにある居酒屋に入りました。

 店内な簡単な仕切りでテーブルを囲ってあり、簡単な個室になっていました。
 人目を気にせず仲間内で宴を楽しめる造りになっていますが、頭より上の天井付近は筒抜けになっているので会話はわかってしまいます。
 実際、他の個室から、酔っぱらったお客さんの会話は筒抜け状態です。
 
 適当に料理を注文しましたが、そのクオリティーは決して高くありませんでした。

 特にカプレーゼなんて、トマトに挟んであったのはモッツァレラチーズではなく、クリームチーズでした。
 シゲちゃんは、カプレーゼモドキを一口食べて、怪訝な顔をしながら「不味い!」と言いました。

”僕の支払いなのに……”とムッとしながら、そのカプレーゼを食べると、本当に不味かったのは、強く印象に残っています。

 しばらく談笑していたら、隣の個室で飲んでいる、女性客達の話し声が段々大きくなってきました。

 いい感じにお酒が回り、盛り上がってきたのでしょう。
 しかし聞こえてくる話の内容は、書き記すのを戸惑うような卑猥なものばかりでした。
 聞き耳を立てていた、ボクとシゲちゃんはすぐに風俗嬢だと察しがつました。
 シゲちゃんはニヤリと笑って「話しかけてこようか?」と言いました。
 
 しかし僕自身、恥ずかしい話なのですが風俗関係の女性と関わって痛い思いをしたことがあるのです。

 僕はうつ病が発覚する前の事、僕には好きな人がいました。
 シゲちゃんの同僚の女の子で、名前は恵子といいます。

 実はシゲちゃんの店に通っていたのは、シゲちゃんと話す事も目的でしたが、恵子と会うのも楽しみの一つだったのです。

 体型は少し頼りなさを感じるほど細く、特別に手を加えていないナチュラルな黒髪を肩の所で切り揃えた、清楚な女の子です。
 僕は恵子のように清楚な女性がタイプした。またマンガや小説の趣味が不思議なほど一致してたので話が弾み、ボクはすぐに恋に落ちました。
 
 まだうつ病を発症しておらず、元気も活力もあったので、思いきって連絡先を聞くと、恵子はボクにすんなりと教えてくれました。
 更に食事に誘うと、これもあっさり受け入れてくれて、まさに心が天に昇るような思いでした。

 それから日付と店を決めて、心待にしていた当日の事です。
『違う会社の面接が入ったから今日は無理です』というメッセージがが届きました。
 心のなかで枝のような物が折れるような音が聞こえました。
 
 それでも諦めきれないボクは、違う日に約束を取り付けました。
 しかし会う直前でまた、断りの連絡が入りました。

 恵子は僕に気が無いのは明白なのです。
 
 しかしその時のボクは、“恋は盲目の状態で、断れれば断られる程、彼女への思いが膨らんでいったのです。
 四六時中恵子の事を考えて、心の中をガン細胞のように恋心が占拠して、もはや自分に耐えられなったボクは。堪らずシゲちゃんにすがる思いで相談しました。

「よしわかった。俺に任せろ! マサト君にはスマホの恩義がある。取り合えず3人で飲む機会を作るよ!」
 このようにシゲちゃんは勇ましく言ってくれました。
 病的な恋心に苛まれた僕にとって、まさに地獄に仏をみたような思いでした。

 暫くすると、ついに「飲みに行こう!」とシゲちゃんに誘われました。
 そこには恵子がいるものだと期待しながら、待ち合わせ場所に向かうと、シゲちゃんしかいませんでした。
 
 店に入りまず最初に恵子の話をすると、急に困った顔をシゲちゃんは作りました。
「あの子ねえ、やめた方がいいよ」
 シゲちゃんは先日の勇ましさとは逆の態度を取ったのです。

「実は俺、あの子から告白された事があるんだよ。でも俺、恵子は妹みたいにしか見えないからさ、断ったんだよね。そうしたら”付き合ってくれないと死んでやる!”って喚き散らして大変だったんだ。あの子は間違いなく病んでるね、メンヘラだよ。マサト君とは釣り合わない!」

 どうして2人は最初期待させるような素振りを見せて、あとから突き落とすような仕打ちをするのでしょうか。
 駄目なら最初から駄目だと、最初に言ってくれた方が遥かに誠意があります。
 誰だって傷つくなら浅い内に治した方がいいはずです。

 それに、どうしてスマホの契約も人に頼り、銀行口座も、保険証も、車も、そもそも免許証も、ちゃんとした職にもついておらず、お酒ばかり飲んで、肌の血色は悪く、女遊びばかり、挙げ句のはてに自傷の痕がある男がモテて、ちゃんとした会社に勤めて、安定した収入もあり、女遊びも博打もしない、ましてや借金もなく、貯金もあり、各種身分証明書も揃っているボクが恵子に選ばれない、不条理な現実を疑いました。
 
 だんだん自暴自棄になってきて、もしかして魅力という上部の問題ではなく、DNAになにか重大な欠損があって、それを敏感に感じ取った女性が、ボクの子種を欲しがらないのではないのか? 訳のわからない結論に至りました。

 男として、いいえ、最早、人として気力を失いつつある日の事です。

 それはちょうど年明けたばかりの寒い時分で、その日はいつもと違うバーでウイスキーを飲んでいました。

 バーカウンターに立つ人が全員饒舌という事はなく、寡黙なマスターを前にして、1人でチビチビとスコッチで唇を濡らしていたら、1人の女性が2、3席僕から空けてを座ったのです。
 
 長い髪は金色に染まっていて、白いコートにデニムのスカートにストッキング、耳たぶはピアスが飾られております。
 いわゆるギャルと言うタイプの女性で、恵子とは真逆の女性だと思いました。

 恵子と比べるあたり、まだ彼女の事を諦め切れていなかったのでしょう。

「ねえ、仕事疲れたよ。ご飯食べたい! やっぱり、お酒。カンパリオレンジ頂戴、マスターも今度店に来てよ。サービスしてあげる」
「僕には奥さんと子供がいるからね。家庭を崩壊させる訳にはいかない」
「ええ、いいじゃん!」

 二人が仲良さげに世間話をしている所をみると、彼女はこの店の常連という事が伺えます。
 そんな二人のやり取りを横目で見ていましたが、別世界の出来事のように思えて、黙ってウイスキーを飲んでいました。

 すると彼女の方から「お兄さんも一緒に飲もうよ」と声を掛けてきたのです。

 その女性は名前は菜奈と言い、素朴な女性を好む僕にとって菜奈はタイプではありませんでした。
 しかし女性の方から声をかけられた事に悪い気はせず、拒む理由もないので、空いている席を詰めて隣に座り二人で杯を交わしていました。

「ねえ、私、何しているように見える?」
「うーん、OLには見えないね。キャバ嬢?」
「近いけど違う、実は風俗嬢なの」
「本当に?」
「本当だよ。ほら」

 菜奈はスマホで働いている店のサイトの自分のプロフィールを見せてくれました。
 源氏名は”ユユ”と言い、実年齢は24歳ですが、店での年齢は20歳になっていました。

「マサト君は一体何人の女を泣かせてきたの?」
「いいや、いつもボクが泣かされてばかりだよ」
「本当に!?実は私のタイプなの、カラオケだとEXILEとか歌う?」
「流行りの流行りの歌とはあまり知らない」
 その時、菜奈は男らしいとか、イケメンとかやたらと僕を誉めてきたのです。
 まさにカラカラに乾いた砂漠に雨が降り潤っていくような思いでした。

 そんな風に盃を交わし、終電間際になったのでお店を出ようとすると「今度、私を指名してよ。その方がお給料高くなるから。実は私、お金に困ってるの……」と菜奈は悲しそうな顔で言いました。

 なんとなく放っておけなかった僕は、次の週、早速菜奈が働く店に電話で菜奈を指名しました。
「本当に来てくれたんだ!嬉しい、ありがとう。君は頼れる男だね!」
”頼れる男”と言われて、ボクは気分を良くしました。

「ねえ、わたし来週誕生日なの。何か買ってよ!」
 すっかり気分を良くした僕は二つ返事でOKし、菜奈と連絡先を交換して、次の週、今度は街で菜奈と会いました。
 
 出会ったばかりなので菜奈の趣味はわかりませんので、好きな物を買ってあげる事になりました。
 しかし要求された物は高級なショッキングピンクのバッグと、オプションでバッグに付ける猫の飾りで合計30万円。

 それだけでなく大きな真珠を惜しげもなく使った、ネックレス10万円。
 計40万円の支払いをカード分割でなんとか支払い、大変覚悟のいる買い物でした。

 しかし「こんなワガママうのは誕生日だけ」と菜奈は言い、プレゼントの品々を見てとても嬉しそうに笑う、彼女を見ると”覚悟したかいはあった”と無理矢理自分を納得させました。 

 そして夜は予約していたイタリアンのレストランに行き、僕はそこで菜奈の闇をディナーの席で聞かされたのです。

 そう、菜奈もまた、深い悲しみを抱えていました。

 やはり類は友を呼ぶといいいますか、後にうつ病を患う僕と、悲しみを背負う菜奈とは、奇妙な引力で寄せ付け合ったのでしょう。

 菜奈は食事の席で男に騙され借金を背負ってしまい、更にはその男の子を身ごもり堕胎した事。
 その借金を返済するため、風俗店で働く事を余儀なくされた事を語りました。
 そしてそのショックで過食と拒食を繰り返して、時々、言い知れぬ不安に襲われ死にたくなり、心療内科とカウンセリングに通っている事。
 
 この話を聞いてボクは、菜奈を救ってやらなければという、強い義務感が沸々わき出てきてきました。
 そしてレストランを出た後、一夜を共にし、ボクは菜奈を幸せにしようと本気で考えていました。

 しかし陰と陰が寄り添っても、闇が濃くなるだけです。
 実際、この恋も長くは続きませんでした。

 菜奈は大変な浪費家だったのです。

 借金返済に当てるお金がどうしても足りないからと、菜奈が言うので彼女の口座に現金20万円を振り込み、貯金箱の天井まで貯まった500円貯金、約10万円分を紙幣に両替して渡ました。
 
 それでもまだお金が足りないと言う上に、元気を出すためと、高級料理店に連れていって欲しいとせがまれました。
『ワガママは誕生日だけ』という言葉とは反対に、デートの度に高い衣類やアクセサリーを要求し、ボクはそれを買い与えました。

 菜奈の為、そして二人の幸せの為と自分に言い聞かせ、要求に全部答えていたら、出会って3ヶ月後には、汗水垂らし働いて貯めた貯金はあっと言う間に無くなりました。
 
 そして桜の時期を過ぎた5月の事。

 6月支払われるボーナスを、菜奈の借金返済の為に使うと約束していたのに「次のデートでいくらくれるの?」と電話の向こうで、ボクがお金を渡す当たり前の事のように言ってきたのです。
 
 だんだんボクは菜奈と、援助交際をしているような気になってきました。
 
 ボクはただ、菜奈と楽しく過ごしたいだけなのに、彼女とのデートが楽しみな筈なのに、どこか気分は重たかったのを覚えています。
「今月は難しい」

 ボクは菜奈に言いました。
 経済状況は彼女にお金を渡す事はできなくらい、難しい状況でした。
「ふうん、じゃあ、マサト君とは会えない。今度のデートは無しね。私、仕事いく!」
「君の気持ちはよくわかる。大変だし辛いかもしれないけど一緒に頑張ろうよ」
 そうボクは言いました。

「辛いとか大変とか言ってるけど、本当は甲斐性がないだけでしょう。男らしくない! なんて女々しいの! もう会いたくない!」

 ああ……僕のしていた事はなんだったんでしょうか。

 何の為に、そして誰の為に苦心して働いて貯めたお金を散財してまで、高いブランドの衣類やアクセサリーを買い与え、お金を渡していたのでしょうか?
 その結果、甲斐性がない、女々しいと言われ、受話器の向こうから菜奈のすすり泣く声が聞こえてきます。
 
 菜奈の不幸、騙されて作った借金、堕胎、過食と拒食、不安と絶望。

 今まで信じてきたけど、もはやボクの同情を誘うための詭弁だったんじゃいかと思うと、疑いの念が湧いてきます。
 いいえ、それすらも通り越し、もはや寄生虫のような女と別れたくなってきました。

「別れよう。さよなら」

 そう一言、告げて電話を切ったとき、僕は背負っていた重荷を下ろした、安堵感を覚えたのです。

 別れを告げた一ヶ月に、菜奈からLINEが送られてきました。
 菜奈のアカウントをブロックすれば良よかったのですが、アプリの機能を理解していなかったので連絡が来たのです。

”久しぶり、元気してる?”
 僕は返信せずにいると……
”マサト君、なんだか辛そうだったか、あえて私の方から離れてみたの、どう調子は良くなった?” 
 
 多額のお金を使わせておいて、たった一回、財布の紐を固く縛っただけで甲斐性なしだの、女々しいだの言っておいて、実はあなたの為と言っております。

 しかし今月支払われたボーナスを狙っている、そんな気もしていました。 
 それに暴言を吐いておいて、謝るという事を知らない人を信用する気にもなれません。

”もうすぐ夏だよね。海や山に行って元気だそうよ。お祭りにも行きたい。浴衣とか着て”
 どうせその水着や浴衣も僕に払わせる気なんでしょう。しかもお高い品を、と考えていました。


”お金は?”
 このようにボクは返信しました。
”厳しいよ。やっぱりマサト君に助けて欲しいな”
 お金をちらつかせると簡単に尻尾をみせる辺り甘いようです。
 
 そのメッセージはそのまま放置して、以来連絡は送っておりません。

 そういえば僕は、菜奈に「愛している」と言っても彼女は「私も」と言うだけで、ちゃんと『I love you』のような言葉は一切、菜奈の口から聞いておりません。

 菜奈はマサトという人間ではなく、僕の財布に恋をしていたのでしょうか?

 でも初めて会った日、何故彼女から話しかけてきたのかわかりません。
 もしかして、ボクが寄生しやすそうに、見えたのでしょうか。

 それからです。不眠や気分の落ち込み等、うつ病の症状が出始めたのは。 

 その一連の話をしたらシゲちゃんは、ヘラヘラ笑って「変な奴に騙されるなよ」と言うだけでした。


幸せへの第一歩

 夜も深くなってきた頃、シゲちゃんが推奨するガールズバーに入りました。
 出迎えたのは若い女の子ではなく、どう見ても50歳は過ぎている年配の女性でした。
 髪はサラリと長く、細身の身体に紺色のタイトなスーツはよく似合っていました。
 おそらく店の“ママさん”なのでしょう。ママさんは営業スマイルでしたが満面の笑みで、ボクたちを気持ちよく迎えてくれます。

「シゲちゃんいらっしゃい、今日、女の子が少ないけどいい?」
「いいよ!」
 シゲちゃんに続いて店に入るとよくあるスナックで、言い方を今風に”ガールズバー”と呼んでいるような気がします。
 
 テーブル席では3人1組のサラリーマンの方々が、日頃のうっぷんを晴らすかのように騒いでいて、大きな声で楽しそうにカラオケを歌っていました。

 女の子はバーカウンターの向こうに若い女の子が一人いるだけで、あとは先程の年配の経営者がいるだけでした。
 ボクたちはその若い女の子のいる前、言わばこの店の特等席であるカウンター席に座ります。
 その子ははにかんだ笑顔をボクたちに見せました。

 僕達はそれぞれ生ビールを頼み、シゲちゃんはいつものお調子者っぷりを発揮して、女の子に話かけますが「はい」「そうですね」「そうなんですか」と簡単に答えるだけで、
 ボクら二人に関心を示す気配はなく、注文されてたお酒を、ただマニュアル通りにグラスに注いでいるだけでした。

 シゲちゃんは女の子に絡むのを諦めて、視線をボクに移します。
 そして先日、彼女以外の知り合いの女の子2人を連れて、3人で某テーマパーク遊びにいった事を話したのです。

「お化け屋敷入ったら、二人ともびびちゃってさ! 俺の腕を両方からぎゅって引っ張って来るんだよ。おっぱいなんか当たっちゃって、両手に花ってまさにこの事だね! あんまり怖がるから、あのお化けさんもこんな暗いところでバイトなんて大変だね、なんて言ったら怯えながら笑ってるんだよ。あははは、泊ったのは安いホテルだったけど、片方の子が俺の部屋に来てさ。お! イケルかな!? と思ってたらやっぱりできたね!」
 
 シゲちゃんにスマホを渡した時、旅行に連れていってあげると約束しました。

 女の子を紹介するとも言いました。

 毎月ちゃんと使用料は払うと約束しました。

 しかし「今月ピンチなんだよね」と言い訳をして、結局月々の使用料金は最初の3ヶ月分しか返してもらってません。
 それなのに某テーマパークへ、しかも泊まりで行けるお金はあるようです。
 
 スマホを紛失した理由がキャバクラで酔っぱらったからなのに、謝罪の言葉は一切ありません。
 何故、子供の頃か教えられてきた“謝る”という事をしないのでしょうか?  
 シゲちゃんも菜奈も、謝罪をしないというのは、2人の共通点のようです。

「ねえ、シゲちゃん」
「なに?」
「女の子紹介してよ」

 別に女の子を紹介してくれなくてもよかったのです。
 自分自身、うつ病を患っているので、恋人を作る気はありませんでした。

 ただ、シゲちゃんの誠意が見たかったのです。
 
 今日、お酒を飲みながら話してみて、正直、シゲちゃんに新しいスマホを渡そうか迷っているのです。
 
 なんだかシゲちゃんからずっと良くない雰囲気というか、犯罪の臭いさえも漂っています。
”このままシゲちゃんと付き合っていたら、自分が駄目なるんじゃないか”という思いを払拭したいのです。
 
 シゲちゃんは何かの縁で仲良くなった相手です。か細くてもいいから、ボクは彼の誠意を見たかったのです。

「ごめん、マサト君、本当は紹介できる女の子なんていないんだ……」
 急に遠いところを見るシゲちゃんは悲しそうな顔をしました。

「僕の友達は皆、東日本大震災で死んじゃったんだ……」

 シゲちゃんは自らボクの信用をぶち壊しました。

 うつ病と酔いでバカになっているボクの頭でも、シゲちゃんの嘘はわかります。

 ボク達が住んでいるのは愛知県です。
 被災地からかなり距離がひらいていいるから、被災された方の話や、地震で大きな被害を受けたという話は聞きません。
 またシゲちゃんが被災地の方にいたという話も聞いてません。
 生まれも育ちもお互い愛知県です。

 僕はこの作品に嘘は書いていません。
 多少の脚色や、記憶が抜けている所があるので、話の辻褄を合わせる為、一部フィクションで補完した部分はあります。

 しかし体験した事、感じた事は、全て素直に書いている事を、改めて宣言します。

 また地震の話を書くのを止めようか迷った事も、同時に記載させていただきます。
 
 なにせ東日本大震災という大きな災害を、ボクのような半端な人間が扱うべきではないと、十分理解しています。
 しかし僕は事実をありのまま書きたいのです。
 
 嘘つきは大災害さえも嘘の出汁に使うのです。

「マサト君、俺だって辛いんだ! 友達皆死んじゃってさ」
 さっきまで話していた某テーマパークに行った、女の子達は幽霊だと言うのですか。

「俺だって心療内科に通ってるよ! けどね医者は薬をだすだけで、カウンセラーは話を聞くだけで何もしてはくれないんだ」
 シゲちゃんは”保険証がないから病院へ行けない”って言っていました。
 何処の病院へ行っているんでしょうか?

「テレビを点ければ殺人事件に政治家の汚職、世の中は嫌な事ばかりだ! 俺が辛いのはね、世の中が間違っているからなんだ! だから俺はキャバクラに行くんだ! じゃないとテンションが上がらない! さあキャバクラに行こう。きっとマサト君の気も晴れる!」
 
 僕は首を横に振りました。

「嫌な世の中で、本当に生きづらい」
 シゲちゃんは自傷の痕を覗かせながら言いました。

 僕、シゲちゃん、菜奈はきっと溺れているのです。
 
 シゲちゃんは酒と女に……。
 
 菜奈はお金と物に……。

 なら僕は……きっと愛と人に溺れていたのです。
 
 NOと断れず言われるがまま、今日まで流されてきたのは、きっと自己肯定感を大切にして、ちゃんと育んでいなかったからです。
 
 本来、自己肯定感が入るべき心の核に、虚栄心を詰め込んでいた結果、承認欲求が膨らんでいたのです。

 人を見下し利用していたのは、シゲちゃんや菜奈じゃなくて、ボクの方だと気づきました。
 彼らを甲斐甲斐しく世話をして、自分に依存させて人のためという大義名分の裏には、ただ承認欲求を満足させたいだけだったのです。

 なんという偽りの優しさ……それは悲しい愛

 生きる姿勢を間違えているから、僕はうつ病なんていう病気になってしまったのです。
 自分の苦しみを人のせい、世の中のせいにしていても、死ぬまで苦しむだけです。
 
 その甘えを捨て、自己の行動に責任を持たなければ、幸せにはなれないのです。

 僕とシゲちゃんが店を帰る時、出口までママさんが見送に来てくれました。
 終始笑顔を絶やさなかったママさんの丁寧な接客が、今日の唯一の救いです。

 余談ですが例の200万円の友達の行方が情報が、ママさんから入ります。

 シゲちゃんが200万円の友達の事を、ママさんに尋ねると「一昨日かな。店にふらっと来た時ね。シゲちゃんと一緒じゃないから。一人で珍しいわね、どうしたの? って聞いたら。今から最終の新幹線で大阪に行くって言ってたわ」
「大阪かあ」
 シゲちゃんは困った顔をして言いました。

「あいつ、連絡取れなくなっちゃってさ、仕事場にもいないみたいだし、どうしたのかな?」
 シゲちゃんも一緒になって浪費していた、例の200万円が原因だと思います。

「本当に!? それは心配ね!」
 ママさんは大きな皺を顔に作って、本当に心配そうな顔をするのでした。

「あと、紹介するね。この人はマサト君。本当に”いい人”なんだ。今度、店に来たら良くしてやってよ」
「よろくしく、お願いします」
 ママさんはまたあの、気持ちのいい営業スマイルを作って、握手を求めてきたので握り返しました。

 ママさんに別れを告げてから、タクシーに乗るまで何人かのキャッチのお兄さんに声を掛けられました。
 フラフラとついて行きそうなシゲちゃんを引っ張って、タクシーに逃げるように乗り込み、駅まで送ってもらいました。

 僕はもうシゲちゃんと会うことはないでしょう。
 そう決心したからです。

 そして同時に復讐してやろうと決意しました。
 
 その方法は、病気を治し、真っ当な生活を送り、そして健全で健康に、自分の人生を生き、シゲちゃんや菜奈よりも幸せになる事でした。
 
 お金は人生の授業料として払ったつもりですから請求しません。それよりも、もう関わりたくありませんでした。

 酔っぱらってテンションの高いシゲちゃんは、タクシーに揺られながら何か喋っていましたが、もうこれ以上記憶にありません。

後日談

【菜奈の場合】
『菜奈とは関わる事はない』と思っていたら、意外なところで彼女を知る事になります。

 それはフェイスブックです。

 なんとなくフェイスブックを始めてみたら、“知り合いかも”で菜奈のアカウントが紹介されたのです。

 気になって見てみると、色々な事が書いてありました。

 友達同士で沖縄に遊びに行った事、美味しい焼き肉を弟に食べさせた事、そして結婚して女の子を産んだ事。

 ボクに話していた内容とは裏腹に、SNS上では充実した生活を送っているようでした。

 しかし子供を産んですぐ、更新が途絶えていました。

【シゲちゃんの場合】
 ガールズバーで飲んで以来、彼とは連絡を取っていません。スマホも解約しました。
 またシゲちゃんはSNSもやっていないし、彼が働いていたバーも潰れたので、その後を探る術はありません。

【ボクの場合】
 前向きに治療した結果、うつ病は完治しました。
 そして、この後良縁に恵まれ結婚し、今は幸せに暮らしています。

コラム なぜボクは悪縁を切る事ができたのか?

 話をわかりやすくするために劇中では省きましたが、悪縁を切れたのはアドラー心理学が関わっています。
 このアドラー心理学のおかげで、シゲちゃんや菜奈のような人生に悪影響を与える、悪縁を断ち切る事ができ、幸せへの一歩を踏み出せました。

 アドラー心理学との出会いは、苦しみの中にいるボクの所へ、天から降りてきた一本の糸のようでした。

 わたしはうつ病に苦しみつつも、なぜこんな病気になるのか? と思い、心理学を勉強しました。そして出会ったのがアドラー心理学です。

 アドラー心理学を細かく説明すると長くなるので、ここでは課題の分離という考えだけに注目してお話します。

 課題の分離とは『これは誰の課題なのか? という視点から他者の課題と、自分の課題を分離して、更に他者の課題には踏み込まない』という考え方です。

『他人の課題』と『自分の課題』の見分け方はシンプルで、その課題を放置して最終的に困るのはだれか? と考えるだけです。
 例えば、友達が勉強もせず遊んでばかりいて試験に落ちても、最終的に困るのは、自分ではなく友達の方です。

 アドラー心理学では対人関係のトラブルは『他者の課題に土足で踏み込む事、もしくは自分の課題に土足で踏み込まれる事が原因で引き起こされる』と主張しています。

 作品を書きなが過去の振り返ると、自分がしていたのは他人の課題に土足で踏み込む事でした。

 シゲちゃんがスマホを持っていおらず、携帯会社と契約出来ないのは、シゲちゃん自身の問題です。
 菜奈が借金を背負っているのも、理由はどうであれ菜奈自身の問題です。

 マサトがしていた事は課題の分離とは逆の、他者の課題への介入です。

 しかも、そうした理由は「それは人の為」ではなく、見栄や支配欲を満たしたいという、エゴがから出たものでしかありません。
 他者の課題への介入をしてしまったばかりに、マサトは悪縁をつないでしまい、対人関係のトラブル巻きまきこまれます。

 シゲちゃんがスマホを持てず、携帯会社と契約が出来ない状況が続いて、最終的に困るのは、マサトではなくシゲちゃんです。
 シゲちゃんがマサトに頼んでスマホを手に入れたとしても、スマホも契約出来ない自分の社会的立場という状況は進展しないのです。

 シゲちゃんは本来他人に依存せず、自分自身で成長して、社会的立場を向上させなければいけなかったのです。
 他人にスマホを契約してもらっても、スマホも契約できない自分という課題はずっとついて回り、これが原因で同じ問題が起こり続けます。

 菜奈に関しても同じです。
 理由はどうであれ自分で作った借金です。
 自力で借金を返済し自身の経済観念を固めなけば、例え他の人が借金を払ってくれたとしても、自分の経済観念は危ういままなので、また借金を背負う事になります。

 マサトがしていた他者への課題の介入とは、二人成長の機会を摘み取っていただけなのです。

 アドラー心理学では課題の分離ができて、本当の対人関係がはじまる、と言っています。
 私達人間というのは一人一人、他人の期待を満たすために生きているのではありません。

 他者の期待を満たすために生きるという事は、他人の人生を生きる羽目になります。
 また他人に私の期待を満たしてもらう、というのは他人に自分の人生を生きてもらうという事です。
 
 他人が代わりに生きてくれるのは、なんだか楽そうに思えますが、想像以上に不自由で苦しい茨の道です。
 私自身も課題の分離という考え方を覚えるまで、とても不自由な生き方をしていました。
 私がうつ病になったのは、不自由な生き方に気づかない自分へ、心が発した悲鳴だったのかもしれません。

 アドラー心理学について、もっと知りたい方はこちらの本がオススメです。


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