愛優

ゆるり、ときめく日常を。旅を書いたり、旅を撮ったりしています。旅と生きていきたい。きれい と おいしい と ねこ がすき。毎日更新挑戦中。

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マガジン

  • 365日毎日の記録 -#3-

    2020年8月21日から365日まいにちnoteを更新しています。

  • 365日毎日の記録-#2-

    前回断念した毎日更新を再開しました。2020/7/2開始。

  • 名もなき誰かに届ける手紙

    Twitterにて募集したお手紙企画。宛名を書かずに、その人に伝えたい想いを綴っていきます。まるでメッセージボトルを海に流すように、世界をふらりと漂って、本人のもとに届きますように。

  • 今日も世界のどこかで

    • 91本

    旅が好きな若者たちのオンラインサロン「タビゼミ」 そんなタビゼミメンバーたちがテーマ別にお送りするマガジンです。

  • 365日まいにちの記録

    2019年4月21日から毎日更新しているnoteをまとめています。

最近の記事

  • 固定された記事

あの日私は「好き」と生きていくと決めた。

暖かな日差しに呼ばれてほころぶ花の香りが、春の風に溶けていく。 そう、春はいつだってわくわくする。 今年の桜もさよならを告げ終えた晩春。 毎年同じように咲いていた桜は、今年は私にとって少し特別だった。 この春、2年間勤めていた会社を辞めた。 仕事が嫌いだったわけでも、会社が嫌になったわけでもない。 むしろ、旅を仕事にできる環境も、優しい先輩も、働きやすい会社も、すべて大好きだった。 それでも仕事を辞める選択をしたのは、旅を仕事にするのではなく、旅と生きていきたかったか

    • 理不尽の極み

      社会は時にものすごく理不尽を突き付けてくることがある。 それは仕事だったり、日常生活だったり、ふと立ち寄った場所でたまたま象ぐうしたり、子どもの時には感じたことがなかった「理不尽」にいろいろとぶち当たる。 大学生まではそんな理不尽に対して、ひとつひとつ腹を立てていたし、なんでわたしは悪くないのにこんな目に遭わないといけないんだろう、と起きていることそのものに囚われていた。 けれども、会社員になったぐらいから理不尽に対して耐性がついたのか、対応できるようになったのか、だんだ

      • たまにはちょっと贅沢に

        仕事に疲れた時や日常に疲れた時、わたしはよくちょっとした贅沢をする。 おいしいものを食べたり、欲しい物を買ってみたり、行きたかった場所に行ってみたり……。 どこかすり減ってしまった心をもとの丸い形に戻すために、いつも我慢しているようなことをやっている。 今回の贅沢はホテルに泊まることだった。   今回選んだホテルは舞浜。ディズニーリゾートのオフィシャルホテル。 ディズニーのチケットはぎりぎりすぎて買えなかったし、買えても仕事が忙しかったから行けなかったのだけれど、ちょっ

        • 数年ぶりに会う友人でも

          久しぶりに会う友達に会った。 全開あったのはいつだろうか。たぶんタイに行くよりもずっと前だし、なんならその前も本当に1回か2回か数えるほどしか会ったことがない。 東京で会う人を探しているときに、ふと思い立って連絡してみたら予定が空いていて会えることになった。 基本的に人間関係を深く築くことが苦手なわたしは、いわゆる「よっ友」のような、会ってかるーく話して、そしてバイバイするような友達が多かった。 こうやって、数回しか会ったことがないのに、ちゃんと約束をして会う友達なんてす

        • 固定された記事

        あの日私は「好き」と生きていくと決めた。

        マガジン

        • 365日毎日の記録 -#3-
          61本
        • 365日毎日の記録-#2-
          22本
        • 名もなき誰かに届ける手紙
          11本
        • 今日も世界のどこかで
          91本
        • 365日まいにちの記録
          88本
        • 昔のおはなし
          22本

        記事

          幸せの基準

          幸せだなと感じる瞬間はたくさんある。 友達と笑い合っている瞬間。 おいしいものを食べている瞬間。 すてきな景色に出会えた瞬間。 旅をしている瞬間。 いろいろな瞬間に幸せを感じるけれども、断食を通して幸せを感じる瞬間がたくさん訪れた。 普段当たり前にしていることを一つやめてみると、そのことの大切さを感じることができる。 体調管理をしたいなと弾化した断食合宿だったけれども、思わぬ産物を得た気分だった。   これまで「食べること」は日常の一部だった。 それは誰しも当たり前

          幸せの基準

          健康第一

          noteでもさんざん言っているように、そろそろ体調にも気を付けなければいけないなと思うようになってきた。 これまでは食べたいときに食べたいものを食べて来てたし、睡眠だってやりたいことをやりたいだけやって、眠くなったら朝方になろうが寝るという、不健康を自で行くような生活をしていた。 そんなとき、ここ数か月でフリーランスの先輩に「30代になったらいっきにくる」といわれたり、20代前半のフリーランスの友達が体調を崩してしまっているのを見て、急に「明日は我が身」という気持ちになった

          健康第一

          久しぶりにスマホから書いてみる

          いっつもパソコンから書いてるnoteをスマホから書いてみる。 とくに理由はないけれども、いつもと違うことをしたらどうなるのか知ることが大切だな、新しい視点が得られるかな、と思って挑戦してみている。   たった数行だけれども、ここまで書いて気づいたことは、いつもよりだいぶ時間がかかるということ。 わたしは毎日文字を打っているからか、タイピングが早い方で、何も考えなければ2000字の記事は、30分もあれば余裕で書き終わるぐらいのスピードはある。 でもスマホだとそうも行かない

          久しぶりにスマホから書いてみる

          果たして人生に目標は必要なのか

          「生きる意味を突き詰めると、人間は”無”なので生きることそのものに意味を見出さない方がいい」なんて言葉を見つけた。 確かに、何か大きなことを成し遂げたら、後世に残る発明を残したら、世界の何かに役立つことをしたら、生きた意味があったとなるのかもしれない。 けれども本当に突き詰めると、それはあくまでも「人間」という世界の話で合って、大きな世界の営みの中ではおおよそなんの意味にもならないことだったりする。 こういうことを言い出すと、もう哲学の域なのだけれど、何かを為すために目標は

          果たして人生に目標は必要なのか

          上下関係はふりかざすものじゃないと思うんだ。

          今日、ふと、一つのツイートが目に入った。 そこにはフリーランスになりたての人に、仕事を頼もうと思ったけれど高い価格を提示されたから、頼むのを辞めたと書いてあった。 一見すると新人フリーランサーが、価格交渉をミスして仕事の制約に至らなかったのかと思うけれども、そうじゃなかった。 どちらかというと「新人フリーランスに仕事を振ってあげているのに、適正な価格を提示しないなら他の人に頼むよ」というような内容だった。 大前提としてツイートをした本人の意図は違うかもしれないけれども、ど

          上下関係はふりかざすものじゃないと思うんだ。

          嬉しいことを上手に報告できないわたし

          例えば大きな仕事が決まったり、出会いたい人と出会ったり、そういう嬉しいことを自分のことでもなかなか上手に報告できなかったり、しっかり自分のこととして喜んだり、そういうことがへたくそなのだけれど、そんな私が嬉しいと思ったことがあった。 それは大きな仕事が決まったとき、近況報告として定期的に連絡を取っている友達に、そのことを報告したら、わたし以上に喜んでくれたのだ。 「嬉しい!」を上手に報告できないわたしの代わりに、こんなにも喜んでくれる友達がいることに驚いたと同時に、妬み嫉

          嬉しいことを上手に報告できないわたし

          久しぶりのゆっくり

          好きなことをしている時間は大切だ。そして最近のわたしにとっては貴重な時間でもある。仕事が忙しかったり、一人の時間が少なかったりするとなかなか好きなことをできない。けれども、今日は本当に久しぶりに目覚ましをかけずに好きな時間に起きて、そして何かに追われることなく仕事をして、残った時間を思う存分自分の時間に充てた。 こうやって久しぶりにゆっくりと、自分の時間を過ごしているとやっぱり好きなことや好きなものに囲まれている時間はすごく素敵だなと思う。 例えば美味しいお菓子を食べながら

          久しぶりのゆっくり

          きっとわたしは旅をやめられない

          果たしてわたしはいつまで旅を続けるんだろう。 フリーランスの先輩や、旅人の先輩たちが、続々と移動ばかりの生活をやめ、一つの拠点に落ち着いている姿を見ていると、漠然とそう思うことがある。 いや、厳密には「いつまで旅を続けられるんだろう。」の方が正しいかもしれない。 年齢やそれに伴って体力がなくなって行ったり、家族ができたり……理由は人それぞれだけれども、旅をし続ける生活を手放す人をたくさん見ていると、いつかわたしにもそんな日が来るのではないだろうかと、不安に近い違和感のよ

          きっとわたしは旅をやめられない

          来週のことを考えると今すぐにでもベットにダイブしたい

          10月頭に1か月滞在していた田川から実家に帰ってきて、それから7日に家を出て大阪、東京、福島と転々としてきたのだけれども、もう10月頭から家を出るまでの記憶がほとんどないことに気がついた……。 約1週間わたしは果たして何をしていたのだろうか……。 毎日のように歯医者に通っていた記憶はなんとなく残っている……。 そして明日の朝一の便で福岡に帰ってから、また週末には東京に出てくる。今日の福島から東京の新幹線の中で、やっとの思いで飛行機をぽちったけれども、最後の最後まで全予定を

          来週のことを考えると今すぐにでもベットにダイブしたい

          人を介すことで解像度が格段にあがる

          実はわたしは基本的に自分の興味のないことには徹底的に興味がないタイプの人間だ。その魅力を語られてもピンとこないし、うんうんと聞いていても実はそんなに興味を持てなかったりする。 だけれども、そんなわたしがどんなに興味のないことにでも興味を持つときが一つある。 それが商品やサービスの作り手の想いに触れたときだ。   例えば地方でその土地の特産物をつかったちょっとした雑貨を作っている人がいるとする。 わたしはそのことを雑誌で見ても、欲しい物でない限りは、ただ店頭で商品を見

          人を介すことで解像度が格段にあがる

          ほっとひといきつける場所

          拠点があろうがなかろうが、どこにいようが、ほっとひといき着ける場所はとても大事だと思っている。だけれども、そういう場所に巡り会えることはそんなに難しいことじゃない。 例えば日本であれば、そこに知っている人がいるかどうかも大事だし、それが海外になると、ご飯や文化なんかも合わないと長期間は過ごせない。 いろいろな場所に行っていると意外だといわれるけれども、実は新しい場所は疲れやすかったり、帰ってきてから1週間家からでなくなったりする。 そうせずにありのままのわたしでい続けられ

          ほっとひといきつける場所

          そこが知っている土地でも知らない土地でも

          やっぱり普段と違う場所で普段しないようなことをしている時間は、わたしにとって羽を広げてゆっくりとできる時間らしい。 久しぶり会う人に会いに大阪に遊びに来た。 実は大阪は結構きていて、ダンジョンと呼ばれている梅田の駅も、新宿駅や渋谷駅に比べたら入り口や改札を把握しているぐらい詳しくなってしまっていた。 そんな場所だから、今更観光とかはあまり興味がなくて、友達と会うことが楽しみだった。   ここ数年、わたしも旅の目的で1位をキープしているのが人に会うことだ。 たとえばテー

          そこが知っている土地でも知らない土地でも