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あの日私は「好き」と生きていくと決めた。

暖かな日差しに呼ばれてほころぶ花の香りが、春の風に溶けていく。
そう、春はいつだってわくわくする。


今年の桜もさよならを告げ終えた晩春。
毎年同じように咲いていた桜は、今年は私にとって少し特別だった。




この春、2年間勤めていた会社を辞めた。

仕事が嫌いだったわけでも、会社が嫌になったわけでもない。
むしろ、旅を仕事にできる環境も、優しい先輩も、働きやすい会社も、すべて大好きだった。


それでも仕事を辞める選択をしたのは、旅を仕事にするのではなく、旅と生きていきたかったから。

旅を商売道具にするのではなく、旅を仕事のパートナーにしたいという自分の気持ちに気づいてしまったから。



仕事を辞める意志を上司に伝えた日。
あの日私は「好き」と生きていくと決めた。


もう、
前髪をしっかり入れて髪をとまとめることもなく、
着慣れたあの制服に袖を通すこともなく、
錦江湾と桜島を望む日豊本線にものることもない。
生活になじんできていた一人暮らしの部屋も、
通いなれた駅までの道も、
会社員という肩書も、
すべてこの春にそっとおいていく。



そうやって手放したものはきっとたくさんあるけれど、今度はその余白を新しく自分の色で染めていけば寂しくない。

喉の奥がつんと痛くなるのを感じながら、そう自分に言い聞かせる。




今はまだ正しい選択だったのかなんて分からない。
でも、何かを始めるときはきっといつだってそんなもんだ。


口では「選んだ道を正解にしたらいい」なんて言いながら、その方法が分かっているわけでも、勝算があるわけでもなく、
あるのは「好き」への憧れと「旅と生きていく」という決心だけ。



旅先でしか出会えない、
毎朝美味しいご飯を作ってくれる宿のママも、
目の前に広がる写真でしか見たことのなかった絶景も、
「生きている」という実感に似た感情が揺れ動く感覚も。

そんな旅と生きていく原動力となったかけらを、これまでのように、これからもまたゆるりと集めていく。



「旅を諦めない」

そんな自分への約束をあたたかい風に溶かしていく。



春の風に乗ってふわりと浮足立つ気持ちとは裏腹に、地に足をつけて歩いていこう。
寂しさを孕んだ期待がこの先の未来を案じている。


「私なら大丈夫」
決意の言葉を春風にのせて遠くへ飛ばす。


春の暖かなあの日、
わたしは「好き」と生きていくと決めた。

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