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退職の練習㉟読書感想文②「いのちの停車場」南杏子

①この小説を読むことで、たくさんの人の死の間際を体験した。
 その度に、色々な温かい涙が流れたが、また、そのすべてを医師である彼女が自分の家族のこととして、追体験していく小説の構成が、なんとも、優れていると思った。そして、積極的安楽死という、医師としても娘としても最高にどうしていいかわからない問題が、ラスボスのように最後にやってくることが凄いと思う。

②自分が死ぬときの故郷の姿と言うものをイメージした。
 主人公は、ある事件から、現在の職場を追われ、故郷の金沢に帰って、老いた父親と暮らすことになる。ほんとうは、それは寂しくて暗い物語のはずなのだが、どこか故郷の町は彼女に暖かく、その湿った小さな粒の雨でさえ、好ましく感じられた。彼女と故郷の思い出を共有するかのような患者が登場したり、家族と自分の在り方についても、いろいろな家族を例に、家族関係を考えさせられた。自分自身も、弘前市という故郷を離れて戻った時の岩木山の美しさを感じたが、もしかしたら、死ぬときはそこに戻るのかもしれない。いや、意外に、八戸で暮らす時間が逆転した私は、なだらかな階上岳を死ぬときに目指すかもしれないと思った。故郷は、働くことになって地図で知った町とまるで違っていて、意味不明に道端の経験が膨らんで、知っている道は巨大になり、縮尺が合わないぼわんぼわんした地図になっている。そういう不可思議さが、故郷にはあると思う。数学で測れる以前の街並みが故郷にはある。

③自分が好きな小説だな、と思うものは、その登場人物の些細な表情、態度や、日々の日課が印象に残っている。自分もこの小説で一番に好きになったものは、幼馴染である診療所の仙川の柔らかい態度や、野呂のナイーブな青年ぽさ、麻世のいつでもベストを尽くしている仕事ぶり等、登場してくるスタッフの感じの良さだったかもしれないなと思う。主人公の作る治部煮や、父との穏やかなやり取り、みんなで集まる行きつけのバー、この小説の、空気感が、この小説の魅力だと思う。主人公の居場所が、確かにそこにあって、彼女に降りかかるどんな困難も、安心して読んでいられた。

④自分自身も、大好きな母の老後、ホームに入るまでの顛末や、親の家片付け、そして、死を体験したが、この小説では、さらに沢山のいろいろな死や体験ができた。そして、それ以上に、世の中には、もっとたくさんの死に対する体験があるのだろうと想像できた。小説家の役割は、そのたくさんの事例を我々に見せながら、よりよい選択を、考えさせる希望に満ちたものだと感じた。
 小説家が自分が体験したことしか描けないのならば、ずいぶん創作の少ない小説家になるのだろうなと想像するが、小説家は、やはり自分が体験するしないに関わらず、その小さな話、説を、取り込めて、あたかも自分が見てきたように語れるから小説家を名乗っているのだろうと思った。

⑤シェークスピアみたいに面白い話を次々考えれる流行作家は稀で、どの人々も、一冊だけは、自分の人生の物語を書けるのではないかと思っている。小説にはその作家の人生に起きたことの一冊を描くタイプの小説と、創作として沢山書かれる小説と、2種類しかないのではないかと、今の自分の時点では思っているが、本当はどうなのだろうか?
 

新入生に呼びかける言葉としてイイ感じ!私の居場所は、今は、学校を飛び出して世界、かな?

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